サムスンが欧米市場で存在感を高めていったのは、企業ブランドに対する信頼感や安心感を築くことができたからだという。では日本企業は欧米市場でサムスンに負けたと言えるのか。いま日本企業に必要な視点を考える。

市場調査で顧客ニーズは掴めない

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長内 厚(おさない・あつし)早稲田大学ビジネススクール(商学学術院)准教授。京都大学大学院経済学研究科修了・博士(経済学)。主な研究領域はイノベーション・製品開発マネジメント、経営戦略論。97年ソニー株式会社入社。2007年ソニー退社。同年より神戸大学経済経営研究所准教授、ソニー株式会社アドバイザー(非常勤)などを経て、2011年より現職。主な著書に『アフターマーケット戦略』(榊原清則と共著)白桃書房 『台湾エレクトロニクス産業のものづくり』(神吉直人と共編著)。研究室HP

前回は、意味的価値創造の事例としてデザインを挙げたが、顧客が単一の製品だけでなくメーカーに対して感じる、より基本的で情緒的な価値として、企業ブランドに対する信頼感や安心感などが考えられる。こうしたブランド価値の創造は主にマーケティングの役割と捉えられることが一般的であり、事実、ブランド価値の向上にはマーケティング活動が欠かせない。しかし、「ブランドはマーケティング部門の専管事項なので技術部門には関係がない」ということではない。第1回で述べたように、技術プッシュか需要プルかという問題は、技術とニーズとの間の統合の問題であって、技術プッシュであったとしても結果的にニーズとの統合が図れていれば技術を製品価値に転換することは可能である。

 日本の家電メーカーが得意としてきたのは、将来の顧客ニーズを予見して新たな技術や製品を開発することである。ビデオは元々放送局用の機材としてアメリカ企業が開発した製品であるが、家庭用ビデオという製品コンセプトに基づいて製品化をしたのは日本企業である。日本の家電メーカーが家庭用ビデオデッキの開発に躍起になっていた頃、アメリカでは「個人で映像を記録したいというニーズはほとんどない」として、家庭用ビデオに関してはそれほど関心が高くなかった。家庭用ビデオがない世界で、一度も使ったことのない家庭用ビデオの価値をイメージすることは難しい。

 市場調査は、今現時点での顧客ニーズを知ることはできるが、将来の顧客ニーズを知ることはできない。これまでに全くなかったライフスタイルや面白さを産み出すのは、供給側の創造性であって、市場調査の結果ではない。ニーズと適合する技術プッシュが重要なのは、現在は存在しない将来の顧客ニーズを探索する唯一の手段だからである。

 ただし、個別の製品レベルで技術プッシュ的な製品開発が成功したとしても、企業の全体戦略の中でその成功をどう位置づけるかという全社戦略のストーリーがしっかり構築されていないと、技術開発は個別の製品レベルで独自進化を続けてしまう。結果、企業ブランドの下に相互にシナジーや関連性のない技術分野や製品分野が無限に広がってしまい、企業の効率性を損なう恐れがある。