実際、スマート家電はそれほど普及している製品とはいえない。家庭内の家電製品を全て同一ブランドでそろえるのは現実的でないし、IT技術の変化と白物家電の変化ではスピードが異なる。携帯電話やPCは3年ほどで買い換え需要が発生するが、白物家電は7~10年サイクルで買い換えるので、長期サイクルの家電製品に最新のIT技術を登載しても、すぐに古い技術になってしまう。インターネットテレビのコンセプトは1990年代からあり、今日でもスマートテレビというコンセプトで製品化されているが、スマートテレビがテレビ製品のドミナント・デザインになる気配はない。これも、IT製品のライフサイクルとテレビのライフサイクルが異なるからであろう。

 このように考えれば、サムスン電子がパナソニックのマネをして欧米市場でスマート家電のコンセプトを発表しても全体の競争環境に影響を及ぼさないかもしれない。しかし、そもそも赤字の総合家電ラインを欧米で展開してきたことも含めて、サムスン電子が行っていることは、ブランド価値を向上させるための手段であると考えられる。サムスン電子の収益源は、かつては、半導体や液晶パネルといったB2B事業であったが、今日ではスマートフォンと液晶テレビである。これらの製品カテゴリーで優れた技術ブランドとして商品力を持っているのも、総合家電メーカーとして、あるいは先進的なスマート家電コンセプトを打ち出したメーカーとして欧米市場の消費者の信頼感、安心感を勝ち取ったからではないだろうか。また、事業の主軸がB2BからB2Cに移るからこそ、ブランド価値を高める施策に多額の投資をしてきたのであろう。

 テレビにしてもスマートフォンにしてもメーカー間でそれほど大きな機能・性能差はない。コストにしても、開発・生産や部品調達の国際分業化が進んでいる中で、韓国メーカーが日本メーカーよりも特段有利である理由もない。違いがあるとすれば、サムスンブランドに対する、欧米市場の消費者が持つ情緒的な価値であろう。それは裏返せば、日本でパナソニックなどの家電メーカーが実践してきたことであり、日本の消費者は圧倒的にパナソニックなどの日系メーカーに対して信頼感、安心感を持っているからこそ、サムスン電子が唯一進出できない市場となっているのであろう。

 この十数年の家電市場の変化の一番大きなポイントは、機能・性能差がなくなったことである。その中で成長を続けたサムスン電子の強さは、技術、製品、ビジネスの全体像を捉えながら、個別事業の最適性ではなく、事業全体の最適性を実現できたところにある。それは、素朴に技術開発をし、技術的に優れていればいつか消費者は分かってくれるということが幻想にすぎないということを示している。重要なのは、技術がなんらかの形で顧客に価値として認知されることであり、技術をツールとしながらも、機能・性能向上競争を越えた、技術とビジネスとの統合的なマネジメントが必要である。逆に言えば、日本メーカーと韓国メーカーの差はそれほど大きいものではなく、今からでももう一度しっかり価値創造のために必要なマネジメントを再考すれば、日本の家電メーカーの隆盛(そもそもの不戦敗もあるので復活ではなく)は不可能ではない。