ジョブズとアップルはこのやり方を、iPhone発売時に転用した。10年ほど前には、AT&T、ベライゾン、スプリントなどの通信事業者が、その重要な資産を通じて携帯電話通信のバリューチェーンを厳しく管理していた。いわゆる「囲い込み」戦略によるサービスで、ユーザーは無許可のコンテンツを自分の携帯電話に入れることができなかった。

 2007年にジョブズは、当時経営不振であったAT&Tワイヤレスとの有名な取引交渉によりiPhoneの成功を導いた。AT&Tワイヤレスは競合他社との差別化を試み、米国における3年間のiPhone独占販売権と引き換えに、コンテンツの支配を手放した。この結果、アップルはまたしても新たなバリューチェーンを構築することが可能となり、App StoreはiTunesストアと同様の役割を果たし、今度もまたハードウェアで高いマージンを得ることに成功した。

 AT&Tはこの「悪魔との取引」によって大きく躍進できたが、これを境に通信事業者は、自分たちの利益がモバイル機器メーカーとコンテンツの制作会社に移動してしまったと嘆くようになった。いまやユーザーは、どのモバイル・バリューチェーン(アップルかアンドロイドか)に参加するかをまず決め、通信事業者の選択は二の次となっている。

 現在、アップルは岐路に立たされている。我々の見解では、CEOのティム・クックに突き付けられた問題は、アップルがジョブズの舵取りなくしていかに「とてつもなく偉大(insanely great)」であり続けるかではない。同社がこれから破壊できるバリューチェーン――弱みに付け込まれることをいとわないほど停滞し、かつアップルの現在の売上げ1710億ドルを上回る成長をもたらすほど大規模な業界――が他に存在するか否かである。結局のところ、現時点での6%という控え目な成長率を維持するのでさえ、100億ドルを超える新たな収入が必要となるのだ。

 そこで、アップルによるバリューチェーンの破壊の可能性を、テレビ、テレビ広告、医療、自動車という4つの業界で想定してみよう。どれも一見したところ、市場規模の大きさは望ましいと思われる。

●テレビ市場は巨大であり、アップルは〈アップルTV〉を通じて最初の1歩を踏み出している。 アップルTVは、ユーザーがiTunesライブラリのコンテンツ、および特定の提携企業のコンテンツをテレビでストリーム視聴するためのセットトップボックスだ。しかし、タイム・ワーナーなどのコンテンツ所有会社やコムキャストなどのケーブルテレビ会社は、音楽業界や携帯電話業界の例からすでに学んでおり、アップルによるバリューチェーン全体の破壊を可能にするほど、コンテンツに対する支配力を譲り渡すことはないと思われる。したがって現時点では、アップルTVは10億ドル規模のハードウェア事業にすぎず、他の事業に比べ非常に小規模だ――存命中のジョブズがそれを(収益事業ではなく)「道楽(hobby)」と呼んだように。しかもアップルはすでに、ストリーミング機器メーカーのロク(Roku)などの新興企業のほか、グーグルやアマゾンなどのテクノロジー企業との競争を強いられている(両社ともセットトップボックスとストリーム配信サービスを提供)。