●従来型のテレビと同様に、従来型のテレビ広告も、しばらくは私たちの身近な存在であり続けるように思われる。 テレビ広告の市場はアップルにとって十分すぎるほど大きく、アップルはすでに数社を買収して進出を始めている。2010年にはクアトロ・ワイヤレス(モバイル広告のプラットフォーム)を2億5000万ドルで買収した。しかしこのバリューチェーンの重要な資産はニールセンが提供する視聴率データであり、これにより広告の価格が設定される。ニールセンには視聴率データの支配を譲渡する理由などない。
アップルは、ニールセンとの直接的な競争を試みるかもしれない。その方法として、優れた測定基準の提供――視聴者エンゲージメントの測定や、放送広告により実際に生じた取引の追跡など――が挙げられる。これは完全に不可能な話ではない。ニールセンの測定は、視聴者数の予測についてもコマーシャルの売上げへの貢献度評価についても、明らかに限界があるからだ。だがこのようなアプローチは相当の投資を要すると思われ、また確固たる基盤を持つ既存企業のホームグラウンドにおける戦いは熾烈を極めるであろう。
●米国における一次医療の提供には、バリューチェーン破壊の余地が十分にある。 フィットネス市場や健康モニタリング市場への進出は必然的と思われる。しかしアップルはそれらにとどまらず、診断、一次医療の提供、慢性疾患に対する継続的治療と管理のサポート、などの領域で新たな破壊的方法を生み出す可能性もある。ただし、規制面で相当の駆け引きが必要と思われる。また、共通のシンプルな電子カルテの作成という、グーグルとマイクロソフトを困らせた問題を解決する必要もあるだろう。これが実現すれば、新たな一次医療のバリューチェーンをつなぐ接着剤として機能するかもしれない。
コンピュータ・システム「ワトソン」を擁するIBMは、みずからを世界で最も複雑な問題に対処する重要なパートナーと位置付けているようだ。しかしアップルには、一次医療に深く関わるような日常の諸問題に対して、洗練されたシンプルさをもたらしてきた歴史がある。これはアップルが自社のみで取りうる選択肢のうちで最も複雑であり、したがって成功の見込みはきわめて低いが、期待できる見返りは最も大きいのではないだろうか。
上記の3つは基本的に、自力で実現を目指せる選択肢である。だがアップルがもし、急成長しているイーロン・マスクの電気自動車会社、テスラを買収するとの噂を実行したらどうなるだろうか。
●テスラは充電所とバッテリー工場の建設、そして直接販売による独立系ディーラーへの対抗によって、明らかに自動車のバリューチェーンの破壊を目論んでいる。 おそらくアップルとの結びつきは、テスラがビジネスを展開するうえで直面している複雑な規制上の課題を乗り切る助けとなるであろう。ただし、ガソリン車のバリューチェーンの中心にある既存の資産を活用して破壊をもたらすのではなく、まったく新しいバリューチェーンの創出に向けて、多大な投資を要するだろう。アップルの莫大な資産はテスラの戦いを間違いなく助けるだろうが、必要とされる投資はとてつもなく大きいと思われる。
これらの選択肢はもちろん、どれも容易ではない。戦略的に行き詰まって実行に至らず、破壊の余地が十分にある大規模な産業のバリューチェーンを他に見つけることができない場合、他の抜本的な何かを検討する必要があるだろう。エコノミスト誌は最近の記事で、ウォーレン・バフェットにバークシャー・ハサウェイを小さな組織に分割するよう勧めている。クックもまた、アップルを分割するという抜本的な決断を検討すべきなのかもしれない。小規模になったそれぞれの会社が、成功にさほど困難を伴わないニッチ分野の商機を再び目指せるように。そうでなければアップルの次の10年は、最近のマイクロソフトのようになる可能性が高い。つまり業績は安定し、キャッシュフローも十分だが、全体的な停滞感が否めない企業である。
HBR.ORG原文:The Industries Apple Could Disrupt Next June 4, 2014
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スコット・アンソニー(Scott Anthony)
イノサイトのマネージング・パートナー。
同社はクレイトン・クリステンセンとマーク・ジョンソンの共同創設によるコンサルティング会社。企業のイノベーションと成長事業を支援している。主な著書に『イノベーションの最終解』(クリステンセンらとの共著)、『イノベーションの解 実践編』(ジョンソンらとの共著)などがある。

マイケル・パッツ(Michael Putz)
戦略と事業開発の専門家。シスコシステムズ、テルコーディアなどで20年にわたり要職を務める。