日本企業の外国現地法人によく見られるケースだが、日本人幹部が幹部職を独占して、現地の人たちから「ガラスの天井」と受け取られることがある。現地の人たちにすれば、「口では機会平等と言っているが、信用できない」と疑心暗鬼になるのは当然だ。しかしもし現地スタッフがグループ全体のトップにいきなり抜擢されれば、人々はやっと心を開くだろう。「こうした極端なことを目に見える形でやらないと、メッセージは伝わりません」と藤森氏は言っている。
マネジメントの方法論は、すべてGEで教わった
藤森氏はこうした方法論をどこで学んだのだろうか。「すべてGEで学んだ」とご本人は言っている。ではGEとは、どんな企業なのだろうか。2000年ごろ、ある経営誌が「20世紀最高の経営者は誰か?」と経営者にアンケート調査を行った。選ばれたのが、GEのCEOだったジャック・ウェルチである。ウェルチは常々「自分の役割は二つ。一つは変化を起し続けること。そして経営人材を育成すること」と言っていた人である。
彼は「変化を起す」ために、M&Aを多用した。彼の伝記によれば、20年間CEOを務めた期間中に買収した企業数は約1,000件、売却した事業は約400。合計1,400件のM&Aのディールを行った人である。これを年平均にすれば70件、月当たり平均約6件となる。ウェルチはほとんど毎日のように、M&AによってGEの事業構成をベストのポートフォリオに近づけることを考え続けていた人なのである。したがってGEにはPMIのマニュアルが整備されており、当然藤森氏も「PMIで何をなすべきか?」、GEで教わってきたのである。
もう一つの「経営人材の教育」については、伝記に記録された有名なエピソードがある。「聖域なきコスト・カッター」として名を馳せたウェルチが、1980年にCEOに就任すると、社内はあらゆる厳しいコスト削減を覚悟した。そんな中で管理部門長が恐る恐る上げてきた稟議が、ニューヨーク郊外クロトンビルにあった老朽化した研修センターの「補修計画」であった。部門長はどうせ削られると思ったようだ。稟議書の「投資効果」の欄にも、「不明」と書き入れていた。ウェルチは何とこの稟議だけ例外とした。予算を大幅に増額した上に、「投資効果:不明」を消して「∞(無限大)」と書き入れたという。そして後に「私が手がけたすべての投資案件の中で、最高のリターンをもたらしてくれたのはクロトンビルである」と述べている。GEは現在、人材教育費に年間10億ドル(約1,000億円)の費用をかけている。そしてウェルチも、現CEOのジェフ・イメルトも全執務時間の30%をクロトンビルで過ごしているという。
藤森氏はビジネススクールで勉強しただけでなく、クロトンビルでも座学(OFFJT)をこなした。そして実践(OJT)の場で、ストレッチしたポジションの仕事をこなし、ウェルチやイメルトらメンターたちの支援を得て育成された、「訓練された経営者」なのである。だから「プロ」と呼ばれるのだ。私は「情熱、勇気、高潔な人格」といった資質面をひとまずさておき、戦略や方法論を学んで実践に活かせる経営トップを「プロ経営者」と位置付けている。もちろん藤森氏とても成功が約束されているわけではない。経営の成功失敗には、時代のタイミングや運といった要素も加わるからである。しかし藤森氏の言動を見ていると、キチンと育成された経営トップの潜在力と、経営教育の可能性を改めて確信するのである。