顧客に何かを「与えない」ことで、価値とエンゲージメントを高めるという方法がある。ビジネスにおける引き算の重要性を、事例を通して考えてみよう。

 

 下の格子模様を見てほしい。

 白い丸、そして斜めに白い線が並んでいるように見えるが、実際には存在しない。しかし、この図で最もおもしろいのはまさにこの部分である。空白を無視しようとしても、脳が現実をねじ曲げてしまうのだ。

 ビジュアル・アーティストなら誰でも知っていることだが、空白は描画部分とまったく同じように重要である。音楽でも、無音の間(ま)が音と同等に重要な働きをする。しかしビジネスでは、私たちは隙間を見つけるやいなや、さまざまな雑音で埋めようとする。新しい製品・サービスの提案、新機能の追加、電話会議の予定、等々――。

 逆に空白を大切にすると、どうなるだろう。すなわち適切なものを、適切な方法で取り除くことで隙間をつくるということだ。すると、他者がその空白を補うことが可能になり、その人は独自の解釈と効果を加えることができる。実際、最も魅力的なアイデアは、意図的に何かを欠落させているとさえ私は考えている。情報を限定し、想像力を刺激するのだ。

 その好例が漫画家である。人を夢中にさせる秘密は、コマの中の絵ではなく、コマとコマを分ける隙間であるという。 読者が引き込まれ夢中になるのは、この余白がストーリーの解釈を自由にするからだ。私たちは隙間を挟む2つの異なる絵を脳内で結びつけ、1つの概念へと変換しているのだ。

 トヨタのデザイナー陣は、北米で展開する若者向けブランド〈サイオン〉シリーズの〈xB〉モデルでこの戦略を採用した。売れ行き好調で収益に大きく貢献したxBは、ボックス型の小型車で、何百もの標準機能が省かれ意図的に空疎なつくりにされた。オプションでカスタマイズして自己主張したい若年層を引きつけるためだ。当時トヨタのアドバイザーをしていた私は、購入価格1万5000ドルに匹敵する金額をフラットパネル・スクリーン、カーボンファイバーの内装パーツ、ハイエンドのオーディオなどに費やして、xBを飾りたてる例を目の当たりにした。トヨタはサイオンによって新しい顧客セグメントをつかみ、その後の成功をたぐり寄せた。しかし、そのカギとなったのは車そのものではない。車からの「引き算」だったのである。