アップルは2007年に〈iPhone〉を初めて売り出すとき、似たようなアプローチを取った。覚えておいでだろうか――発売前のiPhoneがハイテク機器史上、最も話題を呼んだことを。製品への注目を集めるには通常、マーケティングやメディア、マーチャンダイジングを通して大々的に販促を展開する。しかし、スティーブ・ジョブズがiPhoneのデモンストレーションをしたのはたった1度、マックワールド2007での製品発表イベントのみだった。その演壇でジョブズが素晴らしいプレゼンテーションを行ったのは1月、そしてiPhoneが売り出されたのは6月である。
その間、何が行われたのか。完全な沈黙が貫かれたのだ。広報活動も、マスコミへのリークも、新商品割引キャンペーンもなかった。評論家への試作機の提供も、大々的な広告キャンペーンも、先行予約も一切なし。公式の情報は事実上封鎖され、発売日の直前までネット上でジョブズのデモンストレーション動画が見られるだけだった。その代わりに、ブロガーや熱心なアップルファンたちが広報の役割を担い、さまざまな解釈や臆測を繰り広げ情報不足を補っていった。こうしてiPhoneは発売前から大ブレイクし、2000万人以上が購入の意思を表明したのである。
他者に補ってもらうためにあえて不足を設けるという行為には、技術が必要となる。HBO(米ケーブルテレビ)の革新的なドラマシリーズ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』を制作したデイビッド・チェイスは、テレビ史上最も忘れがたい最終回を世に送り出した。すなわち「終わらないエンディング」である。物語の最終部、何らかの結末が示されるのではなく、場面の途中でいきなり画面が真っ暗になって終わるのだ。
視聴者たちは初めは激怒したが、まもなくこの終幕を詳細に検証し始めた。それに拍車をかけたのが、チェイスの発言であった――「(答えを)見たければ、誰でも見られます。すべてはそこに映っていますから」。チェイスがすべての場面を入念につくり込んだことを理解した視聴者は、画面に現れる手がかりやカメラアングル、色のパターンや照明効果などに注意しながら、もう1度すべての場面をチェックし直したのだ。最終話の初回放送から3日後、再放送の視聴率は3倍近くに跳ね上がった。
こうした「ホワイトスペース」を残すことは事実上、最も熱心で忠実な顧客に特典を与えることになる。空白を補完するために人並み以上に貢献したいと望んでいるからだ。
米国南西部で人気のハンバーガー・チェーン、イン・アンド・アウト・バーガー(In-N-Out Buger)もまた、空白を利用した戦略を開業以来続けている。創業者のハリー・スナイダーとエスター・スナイダー夫妻は1948年、ドライブスルーのバーガースタンドを思いつき、ロサンゼルスで開業した。以降65年もの間、同チェーンは1度もメニューを変えていない。ハンバーガー、チーズバーガー、ダブルダブル(パテが2枚、チーズも2枚)、そしてフライドポテトという4品目に、あとはドリンクだけだ。
本当にそれだけだろうか?
実は、イン・アンド・アウトには事情通向けの「裏メニュー」がある。公式メニューよりもはるかに品目が多いだけでなく、得意客が考え出したユニークな食材の組み合わせを、全社的に統一されたレシピで調理しているのだ。たとえば〈さまよえるオランダ人〉(Flying Dutchman)を注文すると、それがきちんとレシートに印字される。同チェーンの経営陣は、足りない部分を埋めたくなるという人間の欲求を理解し、それにただ従っている。みずからは基本的に何もせず、得意客に新製品の考案を任せているのだ。
最も優れたイノベーターは、ビジュアル・アーティストや神経科学者が知ることを心得ている。「情報の不在から、意味を生み出す」という人間の能力ほど、強力なものはない。あなたのアイデアを――それが戦略、製品、サービス、起業などどんな形であれ――ブレイクさせたいのなら、「より少なく」ということをもっと大切にしてみてはどうだろう。
HBR.ORG原文:The Most Engaging Ideas Leave Something Out October 1, 2014
■こちらの記事もおすすめします
〈素のままシリーズ〉と〈ゲリラ雷雨防衛隊〉 良品計画とウェザーニューズに見る価値共創
「退屈」は創造性を高める
なぜエイボンやパンパースは商品を宣伝しないのか 「スイート・スポット」がブランド戦略のカギに
マシュー・E・メイ(Matthew E. May)
戦略、イノベーション、リーンを専門とする著述家、アドバイザー。著書にThe Laws of Subtraction、『トヨタ アズ ナンバーワン 米国トヨタ大学が教える発想力』(アスペクト)などがある。トヨタ、エドマンズ・ドットコム、インテュイット、ADPなどのアドバイザーを務める。