「強い」ビジネスモデルに潜む弱点
デルの場合は特に深刻だ。そこにはいくつかの複合的な理由が存在する。
第一に、PC業界の成熟である。PC市場は個人ユーザーに大きく広がった。市場の大部分が、企業のような合理的な意思決定者から、情緒的な一般消費者にシフトしていったのである。デルのビジネスモデルが提供した「良いものを早く安く」という顧客価値が相対的に低下し、デザインやソフトウェアの重みが増していった。そこではデルの「触れない」モデルが弱みになったのである。
第二に、PC業界周辺の事業環境の変化のスピードが早かったことがあげられる。コーヒー業界に比べ、コンピューター業界の外部環境変化は、質、量ともに大きかった。タブレットや携帯電話などの製品イノベーション、インターネットや通信などのネットワークインフラの進歩、消費者の嗜好の変化など、PC業界を取り巻く環境変化は激しかった。PCでの成功が、これらの新しい流れに追従することを抑制してしまったのである。
第三に、デルが作り上げてきたビジネスモデルの生み出す模倣困難性が逆向きに作用し始めたのである。
デルはこれまで次のようなことを推し進めてきた。ダイレクト・モデルは、インターネットとの親和性も高く、デルは早くからその活用に取り組んできた。対顧客のみならず、インターネットを活用してサプライヤーや事業パートナーとの連携も強化してきた。デルを中心とするサプライチェーン全体で、在庫の代わりに情報を持ち、物的資産の代わりに知的資産を重視し、閉鎖的ビジネスではなく提携的なビジネスを目指してきた。バリューチェーンの垂直統合(バーティカル・インテグレーション)ではなく、仮想統合(バーチャル・インテグレーション)を目指してきたのである。これは、個別企業間の戦いからサプライチェーン間の戦いへの移行を意味していた。
つまり、どんどん「つながる」ことによって、無駄を排し、競争力を高めてきたと言える。当然、模倣困難性は高まるが、事業環境が変わった時、逆に作りこんでいればいるほど、今度は自分自身が変わりにくいという状況を生み出すことになる。無駄がなくなった分、変化のための余力、すなわち組織の余剰資源が無くなっていたのである。