「すみません。集中しすぎてボーッとしていました……」

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中田華寿子さん

 中田さんは2人の女性とは対照的でした。

 まずは、緑色のパステルを使って葉のようなものをいくつか描くことから始めます。それは左下から始まり、横移動して右下に到達しました。続いてその上部に青い点のようなものが出現し、さらに右上部には黄緑や緑、紫などの色で雲のようなものを描いていきます。途中、画用紙を回転させながら、さまざまな形と色をランダムに画用紙に乗せていきます。最初に描いた葉のようなものだけは、唯一不動の状態に保っていました。

 ほかの3人からは「ひとりひとりが生きる」「個が集まる」「個性を生かす」「彩り」などという印象が提示されました。

「働いている人は、まったく異なるバックグラウンドと価値観を持っています。そんな人たちがチームになったとき、最初はバラバラです。けれども、時間をかけて交わって話し合っていくことで、化学反応のようなものを起こすことがあります。そのためには、熱い思いだけではダメで、冷静な判断が加わる必要があります。そうすることで、個々ではつくれなかったものがつくれる瞬間があるのです。そんなことを表現したいと思って描いたのですが、実際に思いを表現するのは難しかったですね」

 絵を描き終わると、参加者は自分の絵にサインを入れます。専用の色鉛筆を手にしてサインを書いた中田さんは、色鉛筆を飲み物の入ったコップに入れてしまいました。

「すみません。集中しすぎてボーッとしていました……」

 それほど集中していたということだと思います。そんな中田さんは、この絵に「葉の流れ川」というタイトルをつけました。葉はひとりの人間を表していて、それぞれの個性によって多様な流れ方をする。そして、それを許容して新たなものを生み出すのが仕事である、そんな意味が込められているように筆者には感じられました。

 さて、ここには肝心の岩瀬さんの絵がまだ登場していません。我々が原稿を書く前に岩瀬さんご自身が当日の感想を感性豊かな文章で、フェイスブックに投稿されました。ここはご本人の言葉以上の表現ができません。以下、岩瀬さんがフェイスブックで投稿された文章の一部をご本人の了解を得て、転載させてください(写真は編集部で挿入)。

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 小学校も中学校も美術はずっと「2」の成績だった僕に絵心はないが、不思議と不安はなかった。自分が仕事をする上で大切にしていることを仲間とシェアし、それをパステル画にしていく作業。自分にとって大切なものは何なのか。改めて考えてみた。

 それは、多様な仲間が集まり、自由に、伸びやかに才能を発揮し、それが境界なく混ざり合い、新しいものが生まれていくこと。そこには設計図のような完成系のイメージはなく、spontaneous 自然発生的に創作がされ、どんなものが生まれるかはやってみるまでわからない。ジャズのジャムセッションのイメージかもしれない。名盤 "Kind of Blue" のライナーノートで、ビルエヴァンスが日本の水墨画をあげてジャズの本質が自然発生的であることを述べていたが、まさにその世界だ。

 与えられた45分。最初の30分は上手く描けなかったが、あまり気にならなかった。少し離れて黙って見守る「リツ」(注:岩瀬さんの留学時代から交友があるシグマクシスの斎藤立さんのこと)を見たり、各々の作画に取り組む同僚たちの様子を見たり、窓の外を見たり。手元にあるパステルで丸を書いたり四角を書いたり、細い線、太い線を描いてみたり。そして、残り15分くらいのあるタイミングで、何かが降りてきたように、完全に入り込んだ。パステル塗れになりながら、夢中で描いた。気がついたら一枚の絵ができあがっていた。自分が漠然と思い描いていた世界が表現できていた。

 最後に、絵にタイトルを付けるように言われた。最初に思いついたのは「多様性」。しかし、あまり工夫がない。表現したかったのは、「流れ込み、混ざり合う」というイメージ。そこで辿り着いたのが、"interfluent" という英語。まさに流れ込み、混ざり合うという意味だそうだ。

 一連の作業を通じて、自分が本来大切にしていたもの、自分らしい働き方が何かを、思い出すことができた。ベンチャーもある規模になると、どうしても堅苦しくなってしまう。金融機関であればなおさら。しかし、僕らがこれからも新しい風を起こすためには、多様な才能が流れ込み、混ざり合う伸びやかさと勢いを忘れてはいけない。そんな大切なことを、友のおかげで思い出すことができた土曜午前の時間だった。

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 どうでしょう、この文章。岩瀬さんが実際に描かれた絵は、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2月号に掲載されています。ぜひともご覧いただき、岩瀬さんの描いた絵と思いからも、何かを感じ取っていただきたいと思います。