マーケティングとイノベーション、
そしてブルー・オーシャン戦

 ピーター・F・ドラッカーは、ビジネスの唯一の有効な定義は顧客の創造であり、それゆえに、すべての事業が共通して有する機能はマーケティングとイノベーションの2つのみであると述べている。

 ブルー・オーシャン戦略は、価値革新を目的とするイノベーションである。そこで、筆者が20年以上のイノベーションとマーケティングの研究に基づいて構築したモデルを用いて、ブルー・オーシャン戦略を既存理論に位置づけてみる(注1)。

 筆者が提唱する図表2のマーケティング・イノベーション・プロセス図(MIP)は、イノベーション分野で定説化している発見・開発・商業化という3段階で、マーケティングと技術の相互作用を適切に行えば、長期的な競争優位を築くイノベーションが生まれることを示したモデルである。MIPにはMost Important Processesの意味もあり、ドラッカーが重要な機能として挙げたマーケティングとイノベーションが集約されている(注2)。

図表を拡大
図表2 マーケティング・イノベーション・プロセス図(MIP)
出所)筆者作成。川上・岩本・鈴木(近刊)に所収予定。

 イノベーション論では、アイデア創出からコンセプト開発までの発見段階はファジー・フロント・エンド(Fuzzy Front End, FFE)と呼ばれ、試行錯誤を特徴とする。ブルー・オーシャン戦略において、最初に検討されるのは顧客の便益であり、その段階はFFEに相当する(注3)。

 FFEでは、さまざまな手法を使って、潜在・顕在顧客の暗黙知や形式知が探索される。文化人類学に由来するエスノグラフィーの一種としての行動観察法、集団や個人のインタビュー、より最近では、脳波測定や脳の画像診断、アイトラッカーによる視線の測定など、多様なマーケティング・リサーチが活用されている。近年、発想法として人気を博している、デザイン思考もその1つだ。

 マーケティング・リサーチというと定量的なアンケートのように誤解されがちだが、定性的な手法も含め、顧客に関する知見で最も幅広く奥深い理論蓄積があるのはマーケティング論である。マーケティングの父フィリップ・コトラーは、行動経済学はマーケティング論の別称に過ぎないとさえ言っている。

 50年前、マーケティングの思考法を論じたセオドア・レビットは、製品ではなく、顧客の便益で事業を定義しなければ、企業はマーケティング近視眼に陥り、衰退すると述べた(注4)。顧客の便益を拠りどころとするマーケティングは、既存市場の境界を軽々と越える。『ブルー・オーシャン戦略』は、レビットの論じたマーケティングの思考法そのものだ。マーケティング論とイノベーション論の両方の観点から、私はそのように理解している。