ブルー・オーシャン戦略と
相互補完関係にあるマーケティング

 残念ながら『ブルー・オーシャン戦略』では、次のようにマーケティングを批判する。「既存顧客やセグメンテーションを重視するのが誤っていると述べるつもりはない。むしろ、これまで常識とされてきた戦略を問い直し」、そのために「既存の需要だけに気を取られずに非顧客層にまで視野を広げ、新戦略を練るに当たっては脱セグメンテーションを図るべき」と。

 ここで言及されたセグメンテーションの理解はかなり狭義であり、マーケティングのセグメンテーション(Segmentation)の考え方とは異なる。セグメンテーションは、民族的多様性の大きいアメリカで生まれた、個々に異なる顧客を共通項で「まとめる」ための手法である。異質性で分けるのではなく、同質性でまとめるのだから、真逆の考え方である。顧客が同質性でうまくまとまるように軸を決定するのだ(注5)。また、マーケティングのセグメンテーションは市場ではなく顧客に関して行うものである(注6)。

 たとえば、代官山蔦屋T-Siteは、50代以上の経済的にやや余裕のある世代を狙っている。カルチュア・コンビニエンス・クラブが、この顧客層をターゲットと定めたからこそ、各地の本屋で立ち読みをしていた人々が代官山に集うようになった。そして、旅行・料理・車といった少数のジャンルに特化した滞在型の書店が誕生し、顧客に新たな価値を提供するようになった。

 情報を得るといった機能的価値、快適さ等の情緒的価値、そして、ホテルのコンシェルジュのようにサポートしてくれる店員との会話等から得られる経験的価値を重要だと考える顧客が、事業のターゲットとしてセグメント化される。

 これがドラッカーのいう顧客創造であり、マーケティングのセグメンテーションの本質的な理解だ。このような事業の全体像を発想することがマーケティングの創造力と洞察力であり、アートの部分である。繰り返しになるが、セグメンテーションは分けることではない。新しい分類軸を作って、多様な顧客を共通点でまとめることなのだ。

 セグメンテーションに関する理解が、マーケティング学者と他の分野の研究者の間で異なっているように思われるのは、専門分野の垣根を超えることの難しさを物語っている。実は、顧客の価値や便益を追求するマーケティングの理論や知見は、否定されるべきものではなく、逆に『ブルー・オーシャン戦略』の実現に役立つものなのである。