戦略フレームワークを
経営にどう取り入れるべきか

 さて、特に事業戦略の立案においては、ここまでに紹介したような学術的な教科書以外にも、「戦略フレームワーク」や「戦略ツール」と呼ばれる思考の整理の道具を思い浮かべる方が多いだろう。

 それらを記した作品の中には、もちろん科学的な検証の末に出版されるものも存在する一方で、個人的な体験や主張に依存しているものも多い。では、そのような知見は、どう活用すべきなのか。

 表3は、これまでに提唱された代表的な戦略フレームワークを、その年代ごとに整理した一覧である。これは2015年6月24日にHBR.org (米国『ハーバード・ビジネス・レビュー』のオンライン)に掲載された 『Navigating the Dozens of Different Strategy Options 』をもとに作成した。

表3:戦略フレームワークの歴史

写真を拡大
出典:Reeves M, Haanaes K, & Sinha J. 2015. Navigating the Dozens of Different Strategy Options. Harvard Business Review Digital Articles: 2-12.;(元出所: Ghemawat P. 2002. Competition and Business Strategy in Historical Perspective. Business History Review 76(01): 37-74.; Freedman L. 2015. Strategy : A History. Oxford University Press.)より筆者作成

 表3を見ると、代表的なものだけで、81個の戦略フレームワークが提唱されてきたことがわかる。もちろん、英語で一定以上の知名度を持つ概念のみであり、日本語など各国のローカル言語で発信されているものは含まれていない。この中には、事業戦略よりも全社戦略に適した考え方も存在する。しかし、これらの多くは事業戦略を取り扱う戦略フレームワークであり、その時代においては一定以上の評価を得た作品群である。

 この表の元となった記事は、BCGの経営戦略の専門家が執筆しており、『Your Strategy Needs a Strategy』という書籍[注5]の内容を抜粋したものである。同書は、戦略フレームワークには向き・不向きがあり、用いるべき状況と用いるべきではない状況があると主張する。そして著者らは、戦略フレームワークを選択するために、「戦略パレット(The Strategy Palette)」と呼ばれる手法を考案した。

 戦略パレットはまず、戦略フレームワークの特性を5つに分類(表4参照)する。そして、それぞれに事業環境の特性ごとに得意・不得意があるため、外部環境を評価したうえで、適切な戦略フレームワークを選択すべきとする。

表4:戦略の5つの特性と経営環境の関連

写真を拡大
出典:Reeves M, Haanaes K, Sinha J. 2015. Your Strategy Needs a Strategy. Harvard Business Review Press. を参考に著者作成

 古典的(Classical)な戦略フレームワークは、予測困難性が低く、事業環境を変革することも難しい事業環境において、確実な計画達成を支援するうえで有効性を発揮する。たとえば、電気水道ガスなどの公共財や、エネルギー産業が当てはまる。

 適応的(Adaptive)な戦略フレームワークは、予測困難性が高く、事業環境を変革することが難しい場合に、事業運営に柔軟性を与えることに有効性を発揮する。たとえば、半導体や衣料品小売が当てはまる。

 洞察的(Visionary)な戦略フレームワークは、予測困難性は低いが、事業環境の変革が可能な場合に、どのような変化が望ましいかの示唆を与える。これは産業にかかわらず、新技術や新サービスで事業環境を変化させうるときに有効性を持つ。

 成形的(Shaping)な戦略フレームワークは、予測困難性が高く、また事業環境を変革することも難しいときに、新しい事業環境を成形する手法を提示することに有効性が生じる。その手法は、ソフトウェア産業やスマートフォンアプリの市場で有効活用される。

 そして、復興的(Renewal)な戦略フレームワークは、そもそも自社の生存が脅かされる極限の状況下での事業再生に用いられる。

 この考え方に基づくと、先ほどの81個の戦略フレームワークは、以下のように分類できる(表5参照)[注6]。

表5:戦略の特性をもとにした戦略フレームワークの分類

写真を拡大
出典:Reeves M, Haanaes K, Sinha J. 2015. Navigating the Dozens of Different Strategy Options. Harvard Business Review Digital Articles: 2-12.;(元出典: Ghemawat P. 2002. Competition and Business Strategy in Historical Perspective. Business History Review 76(01): 37-74.; Freedman L. 2015. Strategy : A History. Oxford University Press.)を参考に著者作成

 細部に関する議論は残るだろうが、その性質を大きく分類しようとすると、これにはある程度の納得感がある。

 興味深いのは、「古典的」に分類される戦略フレームワークは、文字通り、比較的事業環境が安定していた古い時代から存在しており、時代が進むにつれて、「適応的」「洞察的」「成形的」と呼ばれる、より動的で不安定な事業環境に対応すべく開発されたフレームワークが増える点だろう。この事実もまた、世に広がる戦略フレームワークが時代に求められたものであった可能性を示唆している。

 ただし、この議論を全面的に支持するわけではない。たとえば、BCGの分類は過分に外部環境特性に依存しており、内部環境の視点が欠けている。どのような外部環境であるかを前提にするのと同じぐらい、どんな内部環境を持っているかを知ることは、戦略フレームワークの適性評価に重要であるはずだ。また、バーニーが1986年の論文[注7]で議論したように、環境を「IO型」「チェンバレン型」「シュンペーター型」の3つに分類する手法も有効だろう。

 それでも、ある特定の戦略フレームワークを盲信するのではなく、まず、それが自社の置かれている環境に対して適性があるかを吟味することは間違いなく重要である。戦略フレームワークに関する書籍では「私だけを信じればよい」と書かれていることも少なくないが、これほど怪しい主張はないと私は考えている。

 そうしたアイディアの初出原典であることが多い、硬派な経営誌や査読論文誌に掲載された論考は、比較的明確な主張であることが珍しくない。しかし、それを一般に広く発信しようと書籍にまとめる過程で、紙幅の関係なのか、あたかもその発想だけで経営できるような誤解を生む構成や表現になりがちである。

 経営者やマネジャーには、戦略フレームワークに使われるのではなく、それを使いこなすこと。そして、ある特定のフレームワークを盲信するのではなく、自己が置かれた環境に則して取捨選択したうえで採用すること。それが重要である。

[注4]各フレームワークの概要もわかるインタラクティブ版がbcgperspectives.comで公開されている(参照:https://www.bcgperspectives.com/yourstrategyneedsastrategy)。
[注5]Reeves M, Haanaes K, & Sinha J. 2015. Your Strategy Needs a Strategy. Harvard Business Review Press.(邦訳は『戦略にこそ「戦略」が必要だ』御立尚資・木村亮示・須川綾子訳、日本経済新聞出版社、2016年)
[注6]この分類は、Reeves M, Haanaes K, & Sinha J. (2015)の整理に準拠した。
[注7] Barney, Jay B.. 1986. Types of Competition and the Theory of Strategy: Toward an Integrative Framework. Academy of Management Review 11: 791-800.