「理解」「判断」「行動」:
戦略フレームワークを活かす3つのステップ

 戦略フレームワークを使いこなすためには、「自分の方法論の骨格」を保持することが不可欠だと私は考えている。「自分の方法論の骨格」とは、みずからの思考の軸を構成するものであり、あらゆる個別具体的な情報や概念はその軸の周りに存在する。まさに個人の思考のスタイルであり、主観が色濃く反映される部分でもある。

 これには絶対的な答えはなく、優れた経営者の一人ひとりにそれを問えば、それぞれ個性溢れる答えが返ってくるだろう。もちろん、その回答を分析して平均や分散や傾向を示すことはできるだろうが、おそらくそれには意味がない。それぞれの特性にこそ意味があり、まさに芸術とすら呼ばれる領域である[注8]。

 私自身、いまも経営の実務にも携わる立場であり、実務家の視点から実務家に助言をする人間でもある。そのため参考になるかもしれないと考え、ここからは、私の方法論の骨格について簡単にお話しさせていただきたい。

 図1は、私の頭の中にある、優れた事業戦略の要素である。

図1:優れた事業戦略の3要素

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出典:筆者作成

 優れた事業戦略とは、「理解」「判断」「行動」の3つの要素が正しく結びついていると私は考えている[注9]。事業戦略の教科書をほぼ網羅的に参照し、また無数の戦略フレームワークを実際に読んできたが、そのほとんどは「行動」まで踏み込んでいない。「理解」から「判断」までは詳細に記述されるも、そこから先の実行は自動的に適切に行われるかのような記述が多い。

 研究者の世界では、単純化してしまえば、環境理解から意思決定までが戦略論の領域、そこから先の実行は組織論の領域とされ、両者の間には断絶がある。しかし、実務家の頭の中はそうなってはいない。組織と戦略は切り離せない両輪である。したがって、私は理解して、判断する、までではなく、行動するところまでを含めて、戦略を考えるための思考法をつくり上げるべきだと考えている。

 まず、理解においては、たとえば単に自社の市場シェアや売上や利益が上下した事実を羅列するのではなく、その変化がいかなる長期的・短期的要因に引き起こされたのかを構造的に把握する。長期的な要因であれば、業界全体の競争激化によるものかもしれない。また短期的な原因であれば、天災や天候、もしくは一時的な退職者の増加などが考えられる。それを第一に明確化させる必要がある。

 そのうえで、いまどうであるかだけではなく、これからどうなるかを考える。よくある中期経営計画のように、決め打ちで単一の予測数値を定めるのではなく、それがどうなる可能性が存在するのか、将来の振れ幅までを理解する。未来の不確実性を許容した理解を行い、知ったかぶらないことが重要である(ここでは、第5回の後半で触れた手法と、第6回の後半の理解が大いに役に立つ)。

 ただし、判断するうえでは、突如として組織内部の事情が色濃く影響を与え始める。最高の選択肢など誰しもが取ることができない。人間も組織も不完全な生き物であり、見つけるべきは最高ではなく“最善”の選択肢である。最善の選択肢が、みずからの強みを活かし、競争優位をできる限り維持する選択肢であることは言うまでもない。

 同時に、その判断が、意思決定に影響をもたらす利害関係者を、少なくとも決定に必要な割合を説得できる必要がある。たとえ、スタートアップ企業の創業者であっても、出資者や主要な経営幹部の意見を無視して方針を決めることはできない。相手が心から腹落ちしていない提案に強引に同意を取り付けても、後述する行動のところで、副作用がボディブローのように効いてくる。

 そのためにいかに利害関係者を説得するかは、経営学では経営戦略の領域としてはほとんど扱われていない。MBAで言えば、ネゴシエーション(交渉術)やリーダーシップの講義で扱われる内容である。しかし実務的に考えると、ここでのやり取りと調整が実際の戦略に著しい影響を与えることは、想像に難くないだろう。

 そして、行動である。これも伝統的な事業戦略の議論ではあまり取り扱われることがない。しかし、特に第2回で述べた創発的な戦略の形成においては、行動の過程こそが、戦略の価値を定めるうえで最も重要な要素となる。

 たとえば、コモディティ化が進行した業界の場合、その製品やサービスを提供するにあたっての細部のつくり込みが課題になるケースはそれほど多くはない。それまでの無数の検討の末に、標準的な商品やサービスのあり方が一定程度枯れているため、判断を実行に移す過程で創造性はそれほど求められない。それが簡単というわけではなく、答えの引き出しが十分に整備されているのである。

 しかし、黎明期にある産業や複雑な製品やサービスを取り扱う産業、デザインやイメージなど無形価値が重要となる事業領域では、特に判断の結果を具現化する際の質が成果を左右する。端的に言えば、創発的な戦略の形成が観測されやすい事業領域では、事業戦略の議論で見落とされがちな「行動」という要素が極めて重要だと私は考えている。

 教科書に記載されている考え方や、各種の戦略フレームワークは、あくまでこの理解、判断、行動というそれぞれのステップにおける自分の思考を支援し、利害関係者との議論を円滑化することを助ける補助的な存在として用いるのが望ましい。

 たとえば、ファイブ・フォース分析やSWOT分析は理解に適しているだろう。また、ポーターの基本戦略やブルー・オーシャン戦略のアクション・マトリックス[注10]は、判断の選択肢を幅広く吟味するのに役立つ。さらに行動においては、日本企業の経営から抽出された各種の経営手法、たとえば京セラのアメーバ経営や日産自動車の日産V-upなどの概念も状況によっては極めて有用である。

 私は、この方法論(理解、判断、行動)の採用を推奨しているわけではない。重要なのは、各人がそれぞれの方法論を独自に見出すことであり、乱立する戦略フレームワークや経営手法を、自分の骨格を彩るための具材として取り込むことである。定石や戦略フレームワークは、それを闇雲に信じるのではなく、自分の意思で要点を取捨選択して活用できるのであれば、実務にも十分役に立つであろう。

[注8]一橋大学の沼上幹教授の言葉を借りれば、これは「戦略的思考法」という概念かもしれない。同氏は『経営戦略の思考法』(日本経済新聞出版社、2009年)において、「カテゴリー適用法」「要因列挙法」「メカニズム解明法」の3つの思考法を提示し、その用例・具体例を解説している。そして本記事で述べる私の思考法は、メカニズム解明法と要因列挙法の中間地点にあると理解している。
[注9]神戸大学の三品和広教授は、『経営戦略を問いなおす』(筑摩書房、2006年)の中で、「立地」「構え」「均整」の3つが戦略の核心だと説明している。立地はポジショニングの戦略論に源流があり、構えは自社や事業をどう構えるか、均整は立地と構え、そして戦略全体のパッケージングを指すという。立地は外部環境、構えは内部環境だが、均整はある程度以上具体的な行動施策、すなわち行動に踏み込んだ議論だと理解している。
[注10] 競争の激しいレッド・オーシャンではなく、競争のないブルー・オーシャンをつくり上げるために、「取り除く」「減らす」「付け加える」「増やす」という4つのアクションを整理している。