社会的影響力の存在はモチベーションも左右する

 企業経営は、消費者のみならず、従業員、そして経営者自身を含めた「人」のメカニズムを知ることである。本書では社会的影響力が、社員のモチベーションも左右する例が登場する。周囲に影響されてモチベーションが上がるのも社会的影響力であり、その逆も然り。競争を煽ることが業績を上げることにもなれば、その逆になる現象も解説されている。人に見られていることが集中力のアップにつながることもあれば、ストレスになることもある。一人で勉強するのと、図書館で周囲に囲まれて勉強する際の効率の違いを感じたことのある人なら、このような現象は理解しやすいだろう。かように、人は社会的影響力にナイーブな生き物であること。その現実がまざまざと示される。

 人は他人の意思決定と類似しやすい生き物であり、また、他人との異質性をもとめた意思決定をしやすい生き物である。「私たちは、他人と完全に同じものになるのも、完全に違ってしまうのも嫌なのだ」という本書の一節が、人のわがままで、ままならない複雑さを物語っている。

 本書では、社会的影響力は「見えない」ためにその存在を認識することが難しいことが強調されている。だからと言って、そのバイアスを避けることを提唱するものでもなく、社会的影響力を言い訳にするものでもない。その存在を認めつつ、「いかに味方につけるか」を説いているのだ。人が環境に影響される生き物である以上、環境によって我々の行動は制約を受けてしまう。しかし、社会的な環境に変化を起こすことで、みずからの環境を変えることができる。人がモチベーションを持てる職場にするのも、やる気を持てない環境にするのも、そこで働く人による働きかけで変わるものである。人がいかに弱いかを認識しつつ、その弱さを社会的影響力を味方にすることで、行動を変えられる。そんな希望を持てる本である。