バブル崩壊で先進国モデルに脱皮すべきだった

高岡:そう考えると、日本の失われた20年というのは、結局、バブルが弾けた後、経営者が新興国モデルから先進国モデルに脱皮しなければいけなかったのに、それができないままだったことが大きな要因ではないかと思うんです。

高岡 浩三(たかおか・こうぞう)
ネスレ日本 代表取締役社長兼CEO
1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本入社(営業本部東京支店)。2005年、ネスレコンフェクショナリー代表取締役社長に就任。2010年、ネスレ日本代表取締役副社長飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを構築。同年11月、ネスレ日本代表取締役社長兼CEOに就任。著書に『ゲームのルールを変えろ』(ダイヤモンド社)、『ネスレの稼ぐ仕組み』(KADOKAWA)、『マーケティングのすゝめ』(共著、中央公論新社)、『逆算力』(共著、日経BP社)がある。

 経営者だけではなくて、人事制度も同じで日本はまだ新興国モデルのままだと思う。長時間労働を厭わずにみんなよく働いていたら、会社の業績も社員の給料も右肩上がりだった時代のまま。

 だから、私は「ネスカフェ アンバサダー」のサービスで未開拓だったオフィスのコーヒー需要を拡大したり、ネスレ通販オンラインショップでeコマースを大きく伸ばしたり、ビジネスモデルを変革しながら、人事も変えていったわけです。

 一つはダイバーシティの問題。多様性のない組織は、多様な顧客の問題が何かがわからない。だから、イノベーションにはダイバーシティが必要だというのが私の仮説です。

 そういう話をすると、ダイバーシティのないネスレ日本で、なぜこれまでイノベーションが生まれて来たのか、「なんでお前みたいな人間が出てきたんだ」って聞かれるんですが、私は30歳で部長になってからずっと、スイスの本社と日本の事業についていろいろ説明したり、議論したりすることが多かった。相手は日本のことを全く知らない外国人。「なぜ日本ではそうなんだ」とありとあらゆる点について、突っ込まれるわけです。最初は、うまく答えることができずに大変苦労しました。

伊賀:30歳でグローバル企業の洗礼を受けられたんですね。たしかに外国人に納得してもらえるよう説明しようとすると、自分ではあたりまえすぎて考えもしなかった視点からの質問が多くて驚きます。

 そしてそれに一生懸命答えようとすると、自分でも見えていなかった深さまで理解が進むこともよくある。日本人だけで議論してると、わかっていないのにわかったつもりになってしまい、言語化されないままになっていることが見えてくるというか。

高岡:そうです。持っている知識もバックグラウンドも発想も、全く違う人たちに理解してもらうために、一生懸命考える。それで、必死に頭を使う習慣がついたんです。必死に考えていると、あるときハッと気付くことがあります。革新的な発想はそういう時に生まれるんです。

 人事の話に戻ると、社員の多様性を高めたいが、採用は年1回で、対象は大学4年生だけ。「なんでそうなんだ」と聞いても、採用担当者は答えられない。採用担当者にとっては、ネスレに入社を希望している人が顧客ですよね。でも、その顧客にとってみるとチャンスは1回しかない。その顧客の問題に気付いていない。「なぜ会社は年に1回しか新卒募集をしないのか、しかもなぜ卒業見込みの学生だけが対象なのか」と突き詰めて考えたことがなかったからです。

 そこでネスレ日本では、大学1年生でも、あるいは既卒者でも3年以内であれば応募できるようにし、年1回ではなく通年採用に変えました。

伊賀:そうなんですね。私ももはや「今年は何月から就活解禁」とかやってる場合じゃないだろうと思うんですけど。日本しか知らないと、世界中あんなことをやってると勘違いしている人もいるんじゃないかな。

 それと日本でいま盛んに行われている働き方改革の議論を聞いていると、労働時間という“量”をどう管理するかという話ばかりでがっかりします。生産性という働き方の“質”をどう高めるかがほとんど議論されていない。これも労働時間をベースに仕事を管理している新興国モデルのままですよね。

高岡:私は「作業」と「仕事」は違うと思うんです。作業は、決まった手順や事務処理をこなすこと。会議の資料づくりやメール、電話のやり取りもそうです。要は新たな価値を生んでいないもの。それに対して、顧客のために新しい価値をつくり出すのが本当の仕事だと思います。そういう仕事をするためには一生懸命考える時間が必要で、その時間を確保するには作業を削るしかありません。

伊賀:その通りです。作業を仕事だと思っている人も多すぎます。

高岡:そこで、2年前に弊社の社員が、勤務時間中に何にどれくらいの時間を使っているか、1日のうちに考える時間がどれだけあるかを調べたんです。

伊賀:それ画期的ですね。「考えている時間」ってものすごく少ないんじゃないでしょうか。全員を調べたんですか?

高岡:そうです。ほぼ全社員を対象に調べました。わかったのは私が考える仕事、つまり頭を使って考えている時間は全体の14%しかなかった。例えば、営業担当者なら5年もすれば一人前ですが、慣れた仕事をいつまでも同じようにし続けているのは、私に言わせれば作業であって、仕事ではない。これまで誰もやっていないような新しいことにいろいろトライするのが仕事。それを考える時間が14%しかないわけです。

 それで、作業を減らすために、少なくとも私との会議は30分以内、会議資料は3枚までといったルールを決めました。資料づくりを仕事だと思っている人がいますが、顧客にとって何も価値を生んでいませんからね。

伊賀:14%か、そうですね、それくらいかもしれませんね。その考える時間を倍にしたら生産性がぐっと上がるはずなんですけど、考えず、作業を終わらせるために残業しているのが多くの職場の実態です。

高岡:弊社では作業を減らすことに徹底して取り組んだこともあり、残業が減ってきています。さらに、夜7時までの退社ルールも設けることで、社員の生産性をあげるようにしています。