匿名性が自由な発想とアイデアを生み出す

入山:この本を読んでもう一つ「これは効果的だ」と感じたのは、プロセスが匿名で進んでいくところです。日米問わず、企業では、無意識のうちに上司の意見に同調する圧力が働いてしまいます。ブレストをしている現場に、突然、役員や部長が入ってきて発したひと言によって、参加者が急に黙りこんでしまうことは少なくありません。

ナップ:それは日本に限らず、世界共通ですね(笑)アイデアを検討するときに、バイアスがかかることを排除するのはとても大切なことです。そもそも、意図的にバイアスがかからないように気をつけたつもりでも、どうしてもバイアスから逃れられないのが人間です。「新人はあまりいい解決策を考えつかないものだ」というバイアスによって、古株が新人のアイデアを軽視してしまう。相手のアイデアに対する批判をするうえでも、匿名のほうが健全です。つまり、何らかのアイデアを過小評価、過大評価しないためにも、匿名であることは有効なのです。思いがけない人から非常にユニークで優れたアイデアが出てくるのも、匿名の効果だと思います。

入山:スプリントでも、「各自がアイデアを詳しく描き表したスケッチを披露する際に、『匿名』にしておく」ことをルールにしていますね。匿名であることは、民主的なプロセスでもあるということですね。

ナップ:そうですね。匿名だと批評しやすく、最高のアイデアを選びやすくなります。

入山:私がさらに印象深かったのは、匿名性によってアイデアや意見を自由に言える一方で、具体的な意思決定者の参加を説いていることです。これはすごく重要で、スプリントの価値を高める要因になっていると思います。いろいろな人が垣根なくアイデアを出せるということは、裏を返せば収拾がつかなくなる場合もあるということです。そのために意思決定者を置き、さまざまなアイデアの中から意思決定者が決めるところがスピードにつながる。この組み合わせが素晴らしいと思いました。

ナップ:ご指摘されたスピードアップのほかにも、アイデアを根拠のある解決策にすることができます。企業がビジネスで成功するには、従来とは違うやり方をしなければなりません。そこには、大きなリスクを取らなければならないこともあります。「リスクがあるアイデアは、多くの人の同意を得て進めるよりも、1人の意思決定者がリスクを覚悟して進めるほうが、成功しやすい」と思っているのです。

 経営者にはさまざまなプレッシャーがかかっていて、彼らの意思決定は恒久的、あるいは長期的なケースが多くなります。しかしスプリントで意思決定者が下す決定は、さまざまなアイデアに関する情報や意見を聞いているため、たった1人で孤独に決めているわけではありません。しかも、意思決定したアイデアがうまくいかなかったとしても、すぐに方向転換すればいい。プレッシャーは軽減され、リスクを取りやすい環境が生まれると思っています。

入山:スプリントのやり方は、イノベーションのスピードを高めるだけでなく、参加者のマインドを変えていくという点においても有効ですね。

ナップ:そうですね。むしろ、スピードよりもマインドを変えるほうが重要かもしれません。時間をじっくりかけて完璧な意思決定をして、未来永劫それをやるのではなく、実験的にリスクを取った意思決定の練習をするうえで、とても有効なプロセスだと思います。

後編では、スプリントを実践する上でカギとなる、ファシリテータやツールの効果について取り上げます

【著作紹介】

◆本誌にて好評連載中◆
世界標準の経営理論
(入山章栄:著)

経営理論を学ぶことは、実際のビジネスにも役に立つ。欧米のビジネス・スクールのPh.Dプログラムで学ぶ「経営理論」をそのまま噛み砕きながら、現実の経営分析や意思決定の役に立つ「思考の軸」をつくり上げていく。

 

ご購入はこちら!
[Amazon.co.jp] [楽天ブックス] [e-hon]

SPRINT 最速仕事術
――あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法

(ジェイク・ナップ 他:著)

グーグルで開発された究極のスピード仕事術「SPRINT」。本書はグーグルとGV(グーグルベンチャーズ)の「成功の秘密」ともいうべきその驚異のノウハウを、世界の誰もが使えるように、開発者自身が徹底して具体的に紹介した一冊。

ご購入はこちら!
[Amazon.co.jp] [楽天ブックス] [e-hon]