集中できる環境をつくる効果

入山:加えて、スプリントでは「集中」が重要なポイントになっていると感じました。日本企業においてイノベーティブかつクリエイティブな発想をするうえで最も高い障壁は、「日々の仕事が忙しすぎる」ことです。

 メールのチェックをしなければならない。かかってきた電話の応対をしなければならない。誰かに話しかけられたら、応えなければならない……。私も普段からそのような経験をしています。しかし、スプリントのプロセスでは、ビッグアイデアを生み出すために集中できる環境を用意するようにしています。メンバー全員で一つの目的に向かって邁進できるのは、理想的な環境だと思います。

ナップ:新しい仕事を始めたとき、スケジュールも空っぽ、メールも電話も入ってこないのは、おっしゃるように理想的な瞬間です。通常は、チームで作業を始めるとすぐにさまざまな会議が入り、多くの人に会うべき状況が生まれます。予定表が埋まり、ひっきりなしに入ってくるメールにできるだけ早く返信しなければならなくなります。時間はそれらの作業ですべて埋まってしまうのです。

入山:なるほど……人は、新しい仕事を始めた時が一番集中できる、と。面白いですね。

ナップ:ビジネスパーソンにとってはクレイジーな発想かもしれませんが、スプリントではこれらすべての作業を5日の間は切り離してしまうのです。メールもノー。電話もノー。会議もノー。あらゆるノイズをオフにして、唯一無二の重要なことにのみ時間とエネルギーと知的な潜在力を注ぐ。集中できる環境の中でより洗練された形で問題を解決することこそが、スプリントがうまくいく土台になっています。集中して取り組めば、大事なことを忘れることがなくなり、注意力も散漫にならず、効率よく意思決定を下すことができるようになります。はじめは疑いの目で見てしまうかもしれませんが、1日1日を最も大切なプロジェクトに集中して過ごすことで、参加者は充実感を得ることができます。

入山:それは、とてもいいことですね。前回、「スプリントは単なる手法ではなく、人のマインドを変える手段でもある」と言いましたが、さらに副次的な効果を挙げるとすれば、一人ひとりに自信をつけさせ、満足感を与えるプロセスになっているように思います。

ナップ:おっしゃる通りです。ビジネスパーソンは、目覚めてからベッドに入るまでの時間の大半を、仕事に取られています。あまりに忙しいと、仕事とプライベート、ある仕事と別の仕事との境界線がぼやけてしまうことがあります。そうなると、仕事の目的や自分の価値を忘れてしまうことがあります。

 ぜひ思い出してみてください。会社に入社した日、新しいチームに配属されたばかりのころ、そして新しいビジネスを始めた日のことを。みなさんは、非常にワクワクした気分で仕事に臨んでいたと思います。でも実際に仕事を始めるとメールや電話や会議に追いまくられて、ワクワク感が萎んでしまっていないでしょうか。

 スプリントは、参加した人にワクワクしながら仕事に集中できる環境を提示するメソッドでもあると思います。自分たちがやることには意義がある。本物の人間と顔を突き合わせて仕事をする。そんな夢のような時間をつくり出せるツールなのです。

入山:その点は、ブレストとはまったく違いますね。ブレストはメンバーが同じ部屋に集まるのは一緒ですが、具体的なゴール、アジェンダを決めるものではありません。それを自由と言うこともできますが、好ましい自由ではないと思います。好き勝手に言いたいことを言ったり、やりたいことをやったりできるかもしれませんが、ゴールは決まっていないし、責任もない。プレッシャーもかからないからです。そんな環境で、参加者が集中できるとは思えません。

ナップ:スプリントについて説明するときによく言うのですが、通常のやり方では、デザインを決定し、戦略を定め、ローンチするまでのプロセスは、何週間、何ヵ月、何年という時間がかかります。しかしスプリントは、それをたった1週間に凝縮します。問題について話をし、解決策を検討し、プロトタイプを作成し、それをテストするまで最短の時間でやるには、参加メンバーの集中力は欠かせません。集中して取り組み、成果を上げるからこそ、参加者は自信と満足感を得ることができる。

 そして、参加者の直感を研ぎ澄ますメソッドであることも付け加えておきたいと思います。必要な情報が揃い、集中して取り組めば、直感的な決断は下しやすくなります。スプリントの素晴らしいところは、仮にその決断が失敗したとしても、失敗がすぐにわかるので、未来永劫その失敗をひきずらなくていい点です。短期間で失敗がわかるので、方向転換の舵を切りやすいのも効果的なポイントです。