企業は変化に
どう対応すべきか
では、これら3つの変化が加速した社会と組織が実現したとき、すなわちヒトとシステムの協業のあり方が変わり、個品開発と個品製造が当然となり、さらに顧客がシステムの助けを借りて判断・行動するようになったとき、いかなる企業が競争優位を維持し続けるのだろうか。
実際には、すべての産業領域におけるあらゆる経営組織が、あまねく大きな変化に直面するわけではない。技術進化の影響が限られる産業領域もあるからである。たとえば、ごく小規模の企業のなかには、地域コミュニティに密着することで事業が安定し、昔ながらのやり方を続けることがむしろ、その存続に資することも考えられる。
とはいえ多くの企業は、来たるべき新しい時代に向けて、組織と事業の構造を少しずつ転換する必要がある。たとえば、筆者が『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』の論考[注6]で解説した、ゼネラル・エレクトリック(GE)が実施した近年の改革は参考になる。短期的な収益性の悪化によって一部の株主からは評価を得られなかったものの、「デジタル・インダストリアル・カンパニー」という壮大なビジョンの実現を目指した、野心的かつ大胆な取り組みではある。
GEは、10年以上をかけたこの取り組みにおいて、ソフトウェアとネットワーク、そしてデータを重視した事業設計に注力した。また、組織外部との連携をさまざまな手段で促進することで、創造的な発想を促した。さらに、次世代の人材を育てるべく、形式的な期末評価を最小限にし、チーム内における相互のフィードバックをより重視する人材育成の仕組みを整えた。
もちろん、どのような方向に変化させていくべきかについては、経営組織が持つ特性、置かれている状況、目指すべき方向性によって異なる。現時点では一定の競争優位を保持できている企業の場合、あやふやな未来の可能性に大きすぎる先行投資をすることは、短期的な組織のパフォーマンスを引き下げる可能性がある。また、短期的な利益を追い求める株主との戦いを生むこともあるだろう。だがそれでも、現時点で必ずすべきことは、未来の変化が急速に進展した場合に備えた準備をすることである。
筆者は、企業は具体的に、2つの行動を取るべきだと考えている。1つは、未来への種を植えておくことだ。
たとえば人材面であれば、採用時に重視する項目に、データの収集や分析、システムを扱う素養を測る項目を加えることから始まる。社内の研修や勉強会に、未来に向けた取り組み検討させるようなプログラムを付加してもよい。ある程度の投資余力があれば、自社と密接に関連する技術領域に投資するファンドに出資して情報収集に努めたり、関連領域の有望企業への少額出資を検討したりすることもありうる。自社の製品を多くのデータを蓄積できるように改良を重ねたり、特定のサービスの提供に対して、そのサービスの提供を受けた顧客のフィードバックをひも付けたりすることができるように、顧客との接点やインタラクションのあり方を一部調整するなど、将来活用できそうなデータを現段階から蓄積されるようにするのも有効だろう。
何より重要なのは、現経営陣と、これから10年以内に経営を担う幹部候補が、みずから最新事情を理解できる機会に足を運び、肌感覚としてそれを掴むことである。そして、そうした取り組みを通して、現経営陣では現状の延長線上でしか未来を描けないと感じるのであれば、次の世代にバトンを渡す瞬間を意識すべきである。
もう1つは、長期的には競争優位の源泉となりにくい点に関して、組織の柔軟性を確保することである。いますぐには実行できないとしても、将来的にこうした変化が起きることを前提として、いまから少しずつでも変革を実行できるように、それを阻害する要因を取り除いていく必要があるのだ。
企業内には、将来的には明らかに余剰人員を抱えると明確に予測できる部分は多い。たとえば銀行の場合、手作業で帳簿と突合していた時代の名残や、複数の銀行が合併した時代の非効率性がいつまでも解消されていない。現在の窓口業務の多くは顧客の来店を待たずに提供できるようになり、コールセンターへの需要も大きく軽減されうる。定型化された業務はシステムによって大幅に効率化できる可能性があり、近い未来における人員余剰は極めて大きい。こうした現実はすでに各行が意識しており、暫時的な人員削減の方針が発表され始めている[注7]。
また自動車会社の場合、内燃機からモーターへと駆動装置の入れ替わりを意味する電動化や、知能化と呼ばれる自動運転やネットワークを活用したサービスなど、情報技術を活用した付加価値のさらなる充実が進むことはほぼ明らかである。モーターを主機関として搭載する自動車のシェアが高まるほど、内燃機関の開発を超長期的には縮小せざるを得ない。そうなれば、工場で多くの工程を割く内燃機関の組立工程は、モーターの生産ではほぼ自動化され、多くの作業員の仕事が失われる可能性がある。各地のディーラーで行われている点検整備に関しても、モーターとバッテリーの時代になり、自動車に搭載された自己診断機能がさらに進化すれば、その多くが不要あるいは困難となる。反対に、情報システムには莫大な投資が必要となり、それに対応できる人材をいかに確保するかが至上命題となる。
こうした現実を頭では理解できていたとしても、具体的に組織の形を変えるにはかなりの時間を要する。したがって、硬直化した現在の雇用規制と慣行のなかでは、投資と採用の抑制、非正規雇用や外注の活用によって、まずは柔軟性の確保を進めるのが一番容易である。長期的に必要とされる改革を具体的に進める段階を迎えたとき、できる限り組織の形を迅速に調整できるよう、いまから少しずつでも柔軟性を高めておく必要がある[注8]。
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本連載では、狭義の経営戦略の伝統的な議論に留まらず、より広い視座から経営戦略を議論してきた。通常のウェブ連載とは異なり、各回の分量も多く、重厚な内容とすべく努力してきたつもりである。しかし、それでも語り尽くせなかった要素も数多くある。そこで、本連載の内容に大幅な加筆を加え、2018年春頃の出版を目指して、書籍化の準備を進めている。書店で拙著を見かけた際には、お手に取っていただければ幸いである。
連載を通じて、読者の方々から多くの良質なコメントをいただき、またたくさんの方々にご覧いただく光栄に預かり、心よりうれしく思う。重ねての感謝を申し上げ、本連載の結びと返させていただきたい[注9]。
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