旧来型大黒柱タイプ
数は減るが(このサンプルでは17人、全体の4割)、旧来型の大黒柱というアイデンティティによって、みずからを位置づける男性たちもいる。彼らは妻の仕事に低い社会的ステータスしか認めず、それを前提に、家計における妻の仕事の金銭的意味も同じく小さいと考えているようだった。これは妻が(外部の目から見て)金銭的に大きな成功を収めている場合でも同様だった。
ある男性は、妻のキャリア上の実績をこう言って矮小化した。「彼女は[その専門分野で]もっと多くのことを実現できたはずだが、違う道を選んだんだ。『家庭内のプロジェクト・マネジャーになる道』と私は呼んでいるのだが……」。実際には彼の妻の年収は、世帯収入の3分の1を占め、10万ドルを超える年収だったにもかかわらず、である。
別の男性は妻の(やはり相当な額の)給料を、まるでその存在を隠すような言葉で表現した。「私は妻にこう言いました。『君の仕事の稼ぎから、保育所の費用を差し引いて、君が働いているせいで払わなくてはいけない税金も差し引けば、2人の稼ぎはだいたい同じ金額になる』」
この種の男性が妻の稼ぎに対して、大した意味はないとか、取るに足りないとか、おまけだとか表現する態度は、「小遣い稼ぎ」などの決まり文句で女性の仕事の価値を矮小化してきた、長年の文化的歴史そのままである。
妻の仕事のステータスと金銭的価値を矮小化する男性は、「仕事第一の大黒柱」というアイデンティティを当然のように主張し、そのことが自分のキャリアの成功に不可欠だと考えていた。ある男性は(彼の妻は同じような役職に就いているフルタイムの専門職で年収は彼より多いのだが)このように表現した。「男性が成功し、家族を養おうと思うなら、ワークライフ・バランスという選択肢はなかなか考えられません。私もまさに、そういう状況にいると思っています」
このタイプの男性は、シェア型大黒柱と異なり、たいてい会社に留まって幹部社員を目指すつもりでいた。それが当然の目標だったのである。彼らは、自分が自社の要求通りに仕事に身を捧げられるように、妻のキャリアを解釈してきた。しかしながら、大黒柱であることに十分満足している人もいたが、何か罠にはまったと感じている人もいる。彼らは大黒柱としてのアイデンティティを主張しつつも、必ずしも満足感は得られていなかった。
なぜいま、男性が妻のキャリアとの関係において、みずからのアイデンティティをどう考えるかに注目すべきなのか。
女性の仕事人生は、家庭生活の影響を大きく受ける点が注目されるが、男性の仕事人生も家庭の事情に影響を受けるという点は無視されることが多い。今回の研究が示したのは、専門職のキャリアを歩む男性が、仕事について自身をどう位置づけるか、そしてキャリアについてどう考えるかは、妻の仕事の社会的ステータスや金銭的価値をどうとらえるかに大きく左右されるということである。
男性側が妻の仕事のステータスをどう解釈するかがこれほど重要だという点は、やや意外であった。仕事とキャリアとカップルについて語る場合、その焦点となるのは通常、年収と労働時間だけである。だがこの研究が示しているのは、社会的地位、すなわち価値や名誉や敬意がカップルのキャリアにおいて重要だということだ。妻が医師や弁護士であった場合、妻のキャリアを矮小化した夫は1人もいなかった。妻の収入や労働時間が多いか少ないかは、まったく関係がなかったのだ。
最後に、この研究は、金がカップルのキャリアにおいて重要であるが、通常考えられている意味合いとは違うことを示している。給与は単なる金ではない。そこには社会的な意味があり、その価値はとても柔軟に変わり得るものなのである。
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エリン・リード(Erin Reid)
マックマスター大学デグルート・スクール・オブ・ビジネス准教授。