結局のところ、最低賃金を上げて人件費が増えたとしても、アマゾンにはメリットがあると思われる。その理由は次の通りだ。

 第1に、賃金が高ければ企業はより優秀な人材を引きつけ、つなぎ止めることができる(競合他社が追随して賃上げをしないと仮定した場合)。

 しかし、重要だが見逃されがちな2つ目の効果がある。市場の相場を上回る賃金(経済学でいう「効率賃金」)を支払うことは、既存の従業員に対する重要なモチベーション要素となる可能性があるのだ。

 これは直感的にわかりやすい。賃金が高ければその職の魅力が高まる。このため、職に空きが出た際の求人への応募総数が増え、いいかげんな仕事をしている従業員との入れ替えが容易になる。従業員からすれば、仕事の手を抜けば失うものが大きいわけだ。時給7ドル25セントの仕事なら解雇されても構わないが、時給15ドルを払ってくれる職場は他になかなか見つからないだろう。

 効率賃金とは古くから存在する概念で、少なくとも1914年にヘンリー・フォードが「日給5ドル」を導入した時に遡ることができる。当時フォードの工場があったハイランドパーク周辺の工場の日給は2ドル30セントだったが、フォード自身はこの賃上げを「最高のコスト削減策」と呼んだ。なぜなら、結果的には生産性の向上につながったからだ。

 ジェフ・ベゾスの時給15ドルが、フォードの日給5ドルと同様に成功するだろうと考えるのには妥当な理由がある。

 アマゾンが時給15ドルを発表したやり方が、生産性の向上をもたらす可能性があるからだ。なぜだろうか。

 高賃金の仕事を失いたくないから一生懸命に働くという、昔ながらの効率賃金の考え方以外に、市場相場を上回る賃金は、従業員の生まれ持った互恵感覚に訴えかけ、生産性向上の第二の原動力となりうるからだ。諸研究(我々のものも含む)によると、会社が「予期せぬ」形で賃上げを行うと、しばしば従業員は求められる以上に頑張って働いて、それに報いる(解雇されることを恐れていなくても)。

 そうであれば、従業員に対する善意と配慮を示すうえで、「大幅な賃上げを派手に公表する」こと以外によい方法があるだろうか。

 最後に、アマゾンの高賃金に関する広報活動の一部は、政府関係者に向けられたものかもしれない。同社とそのリーダーを好んで攻撃する大統領のもとでは、時にはよい人と思われるのも悪くないだろう。また、州や市の政府が地域の最低賃金を引き上げるという公約を実行に移したら、アマゾンは近々、いずれにしても時給15ドルを支払うことになるかもしれない。ならば、いまから先んじて問題に取り組んでも損はないはずだ。

 もちろん、アマゾンの新たな計画の実施をめぐり、未解決の問題も残っている。賃上げの原資調達のために従業員の手当(年次ボーナスなど)が引き下げられるのではないか。契約社員は賃上げの対象外なのか。我々はそうでないことを願うと共に、アマゾンが低賃金労働者の賃金を実際に引き上げようと誠実に取り組んでいると考えたい。

 さらに付け加えると、何事も予期せぬ結果を伴うものであり、アマゾンでさえも賃上げのもたらす影響すべてを予測することはできないだろう。発表直後のある記事によると、既存の従業員の間では、新人が経験豊富な従業員と同じように高賃金をもらうことへの憤りが沸き起こっているという。

 誤解のないように言うと、賃上げがアマゾンに利益をもたらすことになったとしても、同社の決断に対する我々の支持は変わらない。従業員や環境、社会全般のために企業が適切な行動をすることを我々は称賛する。その結果、アマゾンがさらに利益を上げるなら、それは大義のためになるというものだ。


HBR.ORG原文:How Amazon’s Higher Wages Could Increase Productivity,  October 10, 2018.

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レイ・フィスマン(Ray Fisman)
ボストン大学のスレーター・ファミリー記念講座教授。行動経済学を担当。ティム・サリバンとの共著にThe Inner Lives of Markets(Public Affairs, 2016)、『意外と会社は合理的 組織にはびこる理不尽のメカニズム』(日本経済新聞出版社、2013年)がある。

マイケル・ルカ(Michael Luca)
ハーバード・ビジネススクール准教授。リー J. スタイスリンガー3世記念経営管理学講座を担当。