企業による技術革新を阻む要因と促す要因
我々のゲーム理論的分析によれば、マッチング会社がよりよい技術を提供しようというモチベーションは、次の2つの大きな要因によって妨げられうる。
1つ目として、ユーザーはコミュニティが大きいほど良縁に恵まれるチャンスがあるという事実がある。
企業が自社によるマッチングの有効性を低くするほど、相手を見つけられないユーザーが増えていくことになる。このようなユーザーは、がっかりするかもしれないが、プラットフォームに引き続き留まるため、新たに入会したユーザーにとってはメリットとなる。(低い解約率によって)候補者のプールが大きくなるため、継続しているユーザー全員が得られる経験は向上する。総じていえば、早期のユーザーは最良ではないマッチング・アルゴリズムで損をするものの、技術が低度のほうが、企業にとってはプラスのネットワーク効果が生じうるのだ。
技術革新を妨げる2つ目の要因は、やや皮肉なことに、ユーザーの忍耐力がどれほどのものかが不確定なことである。
たとえば、仮にスージーというユーザーがいるとしよう。彼女は7年間の結婚生活を終えたばかりで、出会いを求めているが、理想の男性をすぐにでも見つけたいわけではない。スージーは、新しい相手と出会うために少額のサブスクリプション料金を月々喜んで支払い、選択肢が増えることを望んでいる。
次に、アビィという別のユーザーの例をみてみよう。彼は長期の海外赴任から戻ったばかりだ。短い恋愛をいくつか経たアビィは、大学の友人の多くと同じように、家庭を築くことを視野に入れて落ち着きたいと思っている。彼のいうところの「出会い市場」から抜け出るのは、早ければ早いほどよい。
さて、ここで解けたら賞金100万ドルの問題だ。「マッチング市場ではスージーとアビィ、どちらのほうが多いか」。スージーは、よりよいマッチング技術を必要としていないし求めてもいない。彼女は間違いなく、そこに金を費やしたいとも思っていない。
幸い、我々のモデルでは、企業がよりよいマッチング技術を求めて努力するよう促しうる要因も、いくつか提示している。
1つ目は、競争である。企業間の熾烈な競争は、サブスクリプション料金を押し下げるため、利益幅が小さくなる傾向になる。ユーザー一人ひとりの金銭的な価値が低下するにつれて、企業にとっての資金源であるユーザーが去ることへの不安も小さくなると思われる。このため、より優れた技術の導入を違う視点から捉えられるようになる。すなわち、競争優位性の潜在的な源として見なされるようになるのだ。
これに対し、競争のないところでは、企業はユーザー一人ひとりからもっと稼ぐことができ、価値あるクライアントをすぐに手放したくないという欲求が高まる。ユーザーが他に行くところがない場合には、効果が低めのマッチング技術のほうが、関係(企業との、である)をより長く保たせると思われる。
マッチング会社が自社の技術を向上するよう促すもう1つの方法は、サブスクリプションベースのビジネスモデルを、成約ベースのモデルへと変えることだろう。
成約ベースのモデルでは、マッチング会社はマッチングの成立に基づいてユーザーに料金を請求する。このモデルは、マッチング会社とユーザーの利害を一致させることができる。実際、ヘッドハンティング業界や、セレクティブ・サーチやジャニス・スピンデル・シリアス・マッチメーキングといった高級な婚活サイトでは、すでにこのような運営をしている。
ただし、ほとんどのマッチングサイトでは、成約ベースのシステムは実現不可能となろう。実際の「成約(デート)」はオンラインよりもオフラインで進行するため、検証してから請求する必要があるからだ。このような成約手数料が実現困難なケースでは、長いサブスクリプション期間が得られない代わりとして、マッチング会社は、最初に支払う入会料を引き上げて対応することができる。
こうしたユーザーの囲い込みは、顧客の解約に対する企業の不安を軽減し、技術を更新する意欲を高めるのに役立つだろう。一方で、高額の入会料を最初に支払うよう求められたユーザーは、とりわけ運命の相手を見つけることに真剣であるほど、ますます最高の技術を備えたマッチング会社を選ぼうとするだろう。
マッチング会社と契約可能で、その意志があるユーザーは、マッチング会社の真摯な愛(そして最高の技術)を見返りとして受け取ることが望ましい。そのような互いに恩恵のある成果を得るうえでカギを握るのは、自社の売上げにみずからの技術革新がマイナスの影響をもたらすことのないよう、マッチング会社が戦略的ジレンマを解消することだ。
HBR.ORG原文:The Strategy Puzzle of Subscription-Based Dating Sites, January 11, 2019.
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