人間拡張の機能を「ロボット・アズ・ア・サービス」として提供
――人間拡張で新しい産業を創出するために、研究センターにはサービス工学やデザインなど幅広い分野の専門家が集まりました。その狙いは。
被験者をウェアラブルなシステムでセンシングして、得られたデータから現在の状態を判別するデジタルヒューマンモデルがあって、それに基づいてリアルタイムでロボットやAR、VR、刺激を使って介入し、人間の能力を拡張します。これら3つがセットになって人間拡張技術の中核をなしていますが、我々はもう少し後ろのフェーズについても関与したいと考えています。
かつて私が研究していたデジタルヒューマンとは、リアルな人間のコピーをサイバー側につくるという考え方で、イスや自動車などの設計に使われてきました。たとえば、イスをつくる時に人をたくさん連れてきて試験をするのは大変だから、CAD上にあるイスに、コンピューター上の人を座らせて、圧力を計算し、座り心地がよくなるようなイスを設計します。その1つの欠点は、リアルタイムではなかったことです。私の座り心地をモデル化して商品化されるまでには、ものすごく時間がかかっていました。
リアルタイムの介入というのは、イスの座り心地がいいかではなくて、座っている人が眠そうだったら、イスが何かをしてくれるということ。つまり、ものを売るのではなく、眠気予防という機能を売るわけです。人間拡張的な機能を持った付加価値つきの商品を売るのではなくて、人間拡張という機能そのものをサービスとして売り、それに必要なハードウエアもセットで売る。これは私の産業構造に対する1つの考え方です。
何故、サービスが主になるように切り替えていく必要があるのか。人間拡張というのはセンシングの塊です。あなたはどういう場面で、どう拡張されたかったのか、その結果、どれぐらい拡張感を得られて、どれだけ継続できるようになったのかというデータがすべて入手できます。売り切りモデル製品を売ってしまうのではなく、サービスとして提供することによって、そうした知識の価値も得られるわけです。となると「ロボット・アズ・ア・サービス」のようにビジネスを変えていかないといけない。サービスをデザインして、サービスによって得られる利得をどう評価するかという部分を一緒に考えないと、ビジネス機会を喪失してしまうことにもなりかねません。
もう1つ重要なのはエコシステムデザイン。ビジネスエコシステムの構築です。グループや系列を超えて企業が連携するときに、どのようにデータを共有したり、共創の場をデザインするかは非常に重要な問題であり、そうした専門家も当研究センターに集めました。また、人間拡張は我々が想定しないようなネガティブなことを引き起こすかもしれません。事前にそれを予測することはできないので、実際に社会実装して効果を評価するとともに、副作用も評価する仕組みも必要です。それをもう1回戻して、場合によってはモデルを変えて、やり直すというような研究フレームワークを持ちたいとも考えています。
――研究センターのある柏の葉地区の地の利とは、どういった点ですか。
新しい産業拠点には、知の創出拠点や社会実証環境が必要です。柏の葉はまさにそれであり、敷地内には東京大学があり、千葉大学も隣接しています。つくばエクスプレスがあって、高速道路も通っていて、交通の要衝にもなっています。最も重要なのは、約2万人の住民が生活する新興地区だということ。サービスの質と効能を判断し、データ提供する住民文化を醸成することも可能です。
小さなサービスをここで試してみて、顧客がどれだけのロイヤルティを持って、どれぐらいの規模のデータやどんな品質のデータが集まるのかを調査することができます。デジタル化を推進したときに、どれだけスケーラビリティがあるかをシミュレーションできれば、製造業がサービス事業に乗り出すときに、パイロット事業をこの地でやりながら、いろいろなことをモニタリングし、チェックして、そのうえで全社的な意思決定を下していく。超スマート社会を担う生活知識集約型産業の拠点となることを期待しています。