●「リターンシップ」の創設

 航空宇宙エンジニアのカレン・フーパーは、1996年に双子の男の子を出産して退職した。

 息子たちが高校に入学する頃、彼女はフルタイムの仕事に復帰しようと意欲を燃やしていた。だが実際に彼女が職に就けたのは、求職活動を始めてから10年も経った、2017年のことだった。

 事態を大きく変えたのは、ユナイテッド・テクノロジーズの「リターンシップ」プログラムだ。「お茶くみのようなインターンシップではなく、本格的な仕事だった。正社員としての採用につながるような訓練が、すぐに始まった」とフーパーは言った。

 ゴールドマン・サックスがリターンシップの端緒となるプログラムを導入したのが、2008年である。再就職の支援に取り組む企業、アイ・リローンチ(iRelaunch)の調べによると、現在、同様のプログラムは全米で50件以上あり、そのうち38件は過去2年間で始まったものだという。海外には、さらに多くのプログラムがある。

 インターンシップと同じような構成のこうしたプログラムは、爆発的に広まりつつある。その対象は2年以上のキャリアの中断のある男女で、期間は一般に8週間から6ヵ月だ。

 再就職したい人はスキルを磨きなおすことができ、企業は、採用の候補者として彼らを評価することができる。お互いが、長期的な適合性があるかどうかを見極められる。もし合わなかったとしても、再就職したい人は少なくとも履歴書の内容を更新できる。

 ユナイテッド・テクノロジーズと同様、IBM、アップル、ジョンソン・エンド・ジョンソンなど約25社が、女性エンジニア協会とアイ・リローンチの共同支援により、技術職専用のリターンシップ・プログラムを構築している。アイ・リローンチの共同設立者キャロル・フィッシュマン・コーエンによると、こうしたプログラムには専門技術者約400名が参加し、85%が正社員として採用されたという。

 フーパーもその一人で、リターンシップ終了後、ユナイテッド・テクノロジーズでフルタイムのプロジェクト・エンジニアとして採用された。このプログラムのおかげで、キャリアを再形成するためのスキルとネットワークを手に入れることができたと、彼女は言う。

 再就職したことはいわば、昔乗っていた「古いタイプのバナナシートの自転車」を最新式の自転車に乗り換えたようなものだと語った。「ギアもフレームも変わったけれど、乗り方は忘れていない」

 ●再就職者を支援つきで正社員として採用する

 一部の企業はリターンシップの段階を省いて、再就職者に特化したコーチングとメンタリングを提供する新しいプログラムのもと、そのまま雇用している。

 たとえばUBSは、2016年に米国でリターンシップ・プログラムを開始したが、昨年、直接雇用プログラムに内容を変更した。同社はすでに、リターンシップ参加者の92%を正社員として採用しているため、賢明な判断だといえる。新プログラムでは、スムーズに職場復帰できるように、「バディ」を割り当てたり、職場で初日を迎える前に新人研修のオリエンテーションを行ったりしている。

 フォード・モーターも2017年にリターンシップ・プログラムを始めたが、今年、直接雇用プログラムに切り替えた。再就職者には、スキルの訓練、担当のメンター、オフィスの文化になじむ手助けをする「バディ」を提供する。

 すでに十数名が参加しているが、その顔触れは、20年間職場を離れていた母親から、大学に行くために離職した退役軍人の男性までさまざまだ。「やがて数百人になってもおかしくない」と、フォードの最高人事責任者ジュリー・ロッジ=ジャレットは言う。年間3000人を採用する同社は、厳しい労働市場の中で、従来の雇用の枠組から視野を広げざるをえなかったのだ。

 ●採用候補者を歓迎するイベントを開催する

 いくつかの企業は、再就職を希望する人たちと顔を合わせて、評価をするワークショップを開いている。

 ブルームバーグは「リターナー(再就職者)・サークル」という1日イベントを開催し、事前に承認された数十人の応募者に、採用情報やコーチング、職場の人から直接、情報収集ができる場を提供している。同社は2016年から、ニューヨーク、東京、ロンドンでワークショップを開き、販売・データ分析・リサーチの分野で中級から上級レベルの人材を採用している。

 バンク・オブ・アメリカは同様に、再就職を希望する専門職経験者のためのワークショップ「リターニング・タレント」を開催し、面接のスキルや就職活動についてのアドバイス、同社の採用担当者に面会する機会を提供している。「子育て、家族の介護、軍人の配偶者のサポートなど、さまざまな理由で離職していた人々は、まだ活用されていない人材の宝庫です」と、バンク・オブ・アメリカのグローバル人材獲得チームで女性戦略イニシアチブの責任者を務めるジェニース・テートは言う。

 ●金銭以上のものを提供する

 子どもを育てながら職場に復帰する人は、やはり家庭と仕事のバランスをとるために、パートタイム労働やフレキシブルな働き方に関心があることが少なくない。

 健康保険や年金、その他の福利厚生を彼らに提供する効果は大きい。グラスドアの調査によると、5人中4人は給与の増額よりも、健康保険を筆頭に福利厚生の向上を望んでいる。だが現実には、パートタイム労働者のわずか25%しか、彼らが最も望む福利を会社で得られていない。

 一部の雇用者はこの面に力を入れ始めており、ジョンソン・エンド・ジョンソンコストコJPモルガン・チェースボストン コンサルティング グループ(BCG)などは現在、一部のパートタイム労働者に健康保険やその他の福利厚生を提供している。

 また、フレキシブルな労働の取り決めも一考の余地がある。BCGは元社員との関係を維持できるように、プロジェクト単位で、以前同社のコンサルタントだった人と仕事をしている。「このケースでは、フルタイムで働くことはやめても、自分のニーズに適した形で、もっと活躍するチャンスを求めている女性であることが多い。もちろん女性だけではないけれど」と、上級パートナーでマネージング・ディレクターのマット・クレンツは言う。「彼女たちの多くは、最終的にフルタイムの職に復帰する」

 ●大学のプログラムとの連携

 大学の就職支援センターは、これまで卒業を控えた4年生やインターンシップ先を探す学生を対象としていたが、近年、卒業生にも支援を拡大している。ミシガン大学バックネル大学コロラド州立大学など多くの大学が、さまざまなライフステージにいる卒業生のキャリア・カウンセリングを推進している。

 一部の大学では、2008年の金融危機後、この危機で職を失った卒業生を支援するために、就職支援センターの活動が見直された。2009年にシカゴ大学ロー・スクールが1日のキャリア・カウンセリングを開催したときには、申し込みが殺到し、24時間で定員に達したという。

 アメリカン大学では、卒業生に個別のカウンセラーを割り当てている。また、3つの無料相談会を開催したり、卒業生を就職説明会に招待したりするといったサービスも行っている。アメリカン大学の法科大学院であるワシントン・カレッジ・オブ・ローで20年以上、卒業生職業開発の責任者を務めてきたマシュー・パスコセロは、雇用側が以前よりも復職者の受け入れに前向きだと指摘する。「子育てのためにしばらく職を離れていたからといって、もはやマイナスの烙印を押されることはない」