――今あるビジョンを切り替えて新たなパーパスを設定するには、カリスマ的なリーダーの存在が必要なのでしょうか。

石川 そうとも限りません。パーパスの設定には、未来をどのように予想するかということが重要です。例えば、ドイツのシーメンスでは、数百人のフューチャリストを集めたチームを編成し、CTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)直轄の組織として「Picture of the Future(PoF)」という将来像を、約6~9ヵ月かけて作成しています。

 PoFは、10年以上先の長期予測・ビジョンで、CEOが「戦略のベース」と位置づける経営のロードマップです。PoF策定後、経営陣と外部専門家、顧客、アカデミアを交えて議論し、事業の優先順位や変革ストーリーなど、より具体的な戦略を作成しています。こうした合意形成には、エコシステムに参画する企業を広く募るという狙いもあります。

 この取り組みは、日本企業にとっても参考となるでしょう。大事なのは、フューチャリストのチームが自由に活動できるように経営の後ろ盾を持たせることです。もともと、昔の日本企業の多くはパーパスを持っていました。ですから、その重要性を再認識すれば、未来予測に基づいた、かつ時代にマッチしたパーパスを設定できるはずです。

「世の中をこう変えていきたい!」
という明確なメッセージを

――具体的に、日本企業はどのように取り組むべきでしょう? 

小林 多くの産業において、企業は既存事業だけで勝ち残っていくのがより難しい時代を迎えています。新規事業を含めて、どのように事業を再構築するかが命題となる中、自社の事業展開を通じて世の中をどう変えていきたいのか、という強いメッセージを発信することが重要になるでしょう。またパーパスを遂行させる観点では、消費者はもちろんのこと、事業パートナー、社内(従業員)の3方向に訴えかけるパーパスを打ち出し、共有することも大切です。

青野 消費者は、企業の明確な目的や姿勢を知りたがっています。そして、それらに共感する企業の商品を購入したいと考えているのです。ですが、時に企業は、消費者に対する姿勢より、ビジネスの合理化・効率化に注力してしまうことがあります。いわゆる“無表情な企業”にならないよう、企業は常に注意を払う必要があります。

石川 ユニリーバの「サステナブル・リビング・ブランド」が成功したのは、目指す方向がはっきり打ち出されていて、それが消費者の価値観に合致したからです。ぼんやりとした抽象的な目標を掲げても消費者には響きません。

 自分たちはどういう社会課題や環境問題などに、どうアプローチしていくか、明確に示す必要があります。しかし、今の日本企業でそれができている企業は、まだ多くないように思います。例えばA社とB社のビジョンをひっくり返したとき、どちらにも当てはまるようなビジョンは、十分に明確なメッセージとはいえません。これでは無関心化する消費者を振り向かせることはできません。今こそ、原点に立ち返り、自社のアイデンティティを問うてみるべきではないでしょうか。

(取材・文/河合起季 撮影/西出裕一)