最新の事例や理論が求められるなか、時代を超えて読みつがれる理論がある。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の過去の論文には、そのように評価される作品が無数に存在します。ここでは、著名経営者や識者に、おすすめのDHBRの過去論文を紹介していただきます。第14回は、ローランド・ベルガー グローバル共同代表 日本法人代表取締役社長の長島聡氏により、組織の枠を超えて価値共創を実現するヒントとなる、4本の論文が紹介されます。(構成/加藤年男、写真/鈴木愛子)

私には、新聞や雑誌を定期的に読む習慣がありません。ふだんはとにかく、これから自分がやりたいことと、これまで自分がやってきたことと重ね合わせることで、自分なりの考えを導き出すことに努めています。
ただ、そればかりをやっていると、過去の経験に固執したり、独りよがりの結論を下してしまったりするおそれがあります。そこで次なる発想に悩んだときや、このまま進んでよいのか不安になったときには、意識して外からの知見を取り入れるようにしてきました。
『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)を通して新たな気づきを得ることもありますが、自分の思考の方向性が間違ってはいなかったと再確認する機会にもなります。私にとってこうした論文は辞書のような存在であり、自分の立ち位置を確認するために使うことが多いです。外部の有用な知見を取り入れたら、自分の考え方を微修正し、それを現場で揉んで行動に移すことで、よい方向に進める。
DHBRの論文にじっくりと目を通す中で、もう一つ気づいたことがあります。それは、さすがに世界中で翻訳される論文だけあり、全体が論理的に書かれているだけでなく、自分のメッセージを読み手に伝える表現に優れているということです。
伝わる表現に出合い、その手法を学ぶことはとても大切です。話すときも、書くときも、自分の考えを伝えることは難しいものです。そのため、論理展開に矛盾がないことはもちろんですが、「どう伝えるか」がいっそう重要になります。DHBRの論文は、そうした表現を身につけるよい素材だと感じました。
私はいま、ローランド・ベルガーを本当の仲間だと認めてくれて、かつ、我々と志をともにしてくれるたくさんの企業とともに、価値共創に取り組んでいます。その現場では、伝わることの重要性を強く実感させられます。
専門家同士の会話では、その世界だけで通用する用語を用いても問題ありません。しかし、社会全体にインパクトを与える価値をともにつくり上げようとすれば、組織や分野を超えたコラボレーションが欠かせません。
私はこれまで、自分と専門を共有しない人たちにどう伝えるかが大事だと考え、伝える力を磨くことに努力してきました。まだまだ内輪でしか通じない言葉遣いをしていると反省することも多いですが、専門的な内容を自分なりに噛み砕き、その本質を組織やチームに上手に伝えることができれば化学反応が起き、新しい価値が生まれます。
ここからは、価値共創をテーマにした論文をご紹介します。そこに書かれている内容だけでなく、その伝え方にも目を向けていただくことをお勧めします。
組織には「共通目的」が必要である
ポール・アドラーらによる「協働する共同体」(DHBR2012年3月号)では、社員一人ひとりの専門知識と能力を結集させ、組織全体のミッションに貢献させるための方法論が示されています。
この論文の中で興味深いと感じたメッセージの一つは、組織が「共通目的」を持つことの重要性を説いていることです。特に関係者が大勢いるとき、共通目的がなければ、メンバーそれぞれのベクトルが揃いません。私が異分野の専門家たちと協働を進めるときにも、その意義を実感する機会は多いです。
この論文の内容を実践した例として、マツダのブランドコンセプトである“Zoom-Zoom(ズーム・ズーム)”を思い出しました。子どもが車のおもちゃを走らせるとき、日本では「ブーブー」と言いますが、米国では「ズーム・ズーム」と言います。マツダは、幼少期に感じた動くことに対する感動を提供することが自分たちの価値だと定め、“Zoom-Zoom”という共通目的をつくりました。
共通目的は、誰もがその意味を理解できなければなりません。マツダでは、“Zoom-Zoom”は具体的に「際立つデザイン」「抜群の機能性」「走行性能」という3つの価値から成ると定義しました。さらに、マツダとして体現したい“Zoom-Zoom”を全部門の社員が自分なりの言葉で語れるように、「人馬一体アカデミー」という学びの機会も提供しています。
マツダは従来、全体を統括するエンジニアはいましたが、シャシーやインテリアなど業務の領域ごとに担当チームが分かれ、それぞれが独自の哲学に基づき開発に取り組んでいました。しかし、“Zoom-Zoom”という共通目的を定めて、それを組織全体に浸透させたことにより、同じ目標に向かうという意識が芽生えました。そして、自分はそれを実現するために何をやるべきかを考え、行動するという、この論文に書かれている「貢献の倫理」が醸成されていったのです。
マツダが目的の共通化を実現したのは、コンセプトだけではありません。MBD(Model Based Development、モデルベース開発)に伴い、実際の作業レベルでもそれを実践したのです。マツダの各部門はそれまで、自部門の性能を最も効果的に発揮できるデジタルツールを使っていましたが、同社はそれを一つのツールに集約することにより、データの互換性や部門単位ではなく車単位でのシミュレーションなども含めて、開発全般を共通の思想で動かしています。
この論文のメッセージでもう一つ重要だと感じたのが、各チームや部門を横断して「相互依存のプロセス」を築くという点です。共同で作業に取り組むためには一定の規律が欠かせません。しかし、そこに柔軟性を保つことで、プロセス自体を見直し続ける必要性が説かれています。
これは極めて難しいことながら、たとえば、衣料品小売チェーンのしまむらは、それを実践しています。しまむらには、業務内容が詳細に規定されたマニュアルがありますが、現場スタッフから改善提案を募り、マニュアル自体を更新し続けることでオペレーションを進化させています。
リーダーがトップダウンで共通目的を示すだけでなく、現場からの提案がボトムアップで上がり、それを達成するためのプロセスをたえず進化させてゆく。その過程を通して、社員一人ひとりが「自分はこの会社に貢献できた」という思いを持てるようになる。
「共通目的」と「貢献の倫理」。この論文の中心を成す2つのメッセージは、価値共創を実践するための基礎をなすと感じました。
顧客中心から人間中心の目的設定へ
「人間中心の共創型事業をつくる」(DHBR2011年9月号)で示されている基本概念は、「協働する共同体」と同じです。ただ、「協働する共同体」は企業と企業の関係性に焦点を当てていますが、「人間中心の共創型事業をつくる」では、自分がやっていることがどのような波及効果をもたらすかと、より広い視野で協働を捉えています。そのうえで、ステークホルダーたちが、それぞれどんな経験をしてきて、どんなことを思っているかに耳を傾けなさいと言います。
企業にとってのステークホルダーは当然、株主や顧客、社員だけではありません。サプライヤーをはじめ、そのビジネスに関わるすべての関係者を指します。物流事業であれば、道路事業者や周辺住民もステークホルダーです。ふだんは忘れがちな人たちにも目を向けて、彼らがどのような経験をしているのかまで気を配り、ウィン・ウィンの関係をつくり上げることが、ここでいう「人間中心」の共創型事業です。
かつては、顧客中心主義が絶対視された時代もありました。しかし、それは必ずしも、関係者全体に利益をもたらすとは限りません。「お客様」という言葉をもっと広く捉えることで、自分たちが提供する価値を最大化できるという感覚は、とても大事なことだと思います。
最近よく、ITの力でコストを圧縮できたというエピソードを聞きますよね。バス会社を例に、これまではバスを10台走らせていたのが、5台で賄えるようになったとしましょう。業務の効率化が進んだことで運賃を下げられたら、お客さんは喜ぶはずです。ただ、その一方で、5台分の運転手が消えたことはどう捉えるのか。
私は効率化を否定するわけではありませんが、そのバスを使って別の価値を提供することで、移動そのものの需要を増やせた可能性があるかもしれません。移動の総量(移動した人数×移動した距離)が増えないことを前提に効率化を図るのではなく、新たな需要を喚起して総量そのものを増やす方向に向かい、顧客以外のステークホルダーも幸せになる道はなかったのか。
たとえば、私たちはいま、地域のエコシステムに貢献するために社内ベンチャーを発足させました。その取り組みの一つとして、GK京都、浜野製作所、ベッコフオートメーションなど7社と合同で、遠隔操作付きの時速10キロほどで走行する低速EV(電気自動車)の製作を開始しています。地方自治体と提携して、地域における移動の総量を増やすことで、地域経済を活性化させることを目指しています。
低速EVの用途は従来の自動車とは異なるものを想定しており、たとえば、自動車を高速で移動するための手段とするのではなく、いつまでもの自由に動けるという生きがいを運んだり、低速だからこそ楽しい移動をしたりするためのツールとして使うことを想定しています。レンタル自転車の場合、自転車がある地点に偏在するとトラックで移動させていますが、このEVは遠隔操作が可能なため、次の利用者のところへ簡単に届けることができるのです。
この取り組みはあくまで一つの事例であり、これが正しいということを主張したいわけではありません。ただ、価値共創が当たり前になったいまだからこそ、価値共創のパートナーとして捉えるべきは提携先の企業だけでないことを理解し、広くステークホルダーとともに価値を最大化する方向に向かうべきだということを、改めて考えさせられました。
社会全体と価値共創を実現する
マイケル E. ポーターらによる「共通価値の戦略」(DHBR2011年6月号)は、経済的価値を創造しながら、社会的ニーズに対応することで社会的価値も創造するというアプローチを推奨します。昨今、SDGs(持続可能な開発目標)の達成を目指す社会活動は、ともするとコストセンターのように思われがちですが、経済的に成功するための新しい方法だという論は頷けました。
「人間中心の共創型事業をつくる」は、広くステークホルダーとの価値共創を実現する意味を説きました。それに対して、「共通価値の戦略」はその視野をさらに広げて、社会との価値共創にまで拡大したと理解すると、両者の問題意識にはつながりを感じられます。
また、ポーターが言及する「共通価値(CSV)」と「共通目的」を比較すると、前者のほうがより社会性が高まりますが、これも概念的には近しいものではないでしょうか。個人の関心や専門を超えて訴求できる意義を定めて、それを実現する能力を持つ人たちが組織横断的に挑戦した結果、社会的コストを抑えながら価値創出を実現できるという点は同じではないでしょうか。
ただ現実には、それを実現している企業はまだまだ少ないと思います。
たとえば、MaaS(Mobility as a Service)は本来、地域社会全体に恩恵をもたらすべきものですが、現在はあまり、そうなっていません。とても狭い世界の中から、交通会社各社の既存のビジネスに利益をもたらすような課題を切り取り、その解決に集中しているのが現状です。本当に解決すべき大きな問題に目を向けず、細かいところばかりを最適化していると、より上流にある問題がいっそう悪化することもあるでしょう。
CSRやCSVに目が向けられたのは比較的最近のことですが、企業側にも意識の変化が見られるようになりました。ただし、そうした問題意識を持っているのは、先進的な企業の中でも一部の人たちだけです。彼らの発言力が強い企業では盛り上がりを見せる一方、そうでなければ蓋は閉じたままというのが状態です。
企業には、社会課題の解決を対症療法的に行っては不十分であり、問題自体が生じないように努力する必要があります。そのためには、自社がやってはいけないことを並べるだけでなく、まず「こんな社会をつくりたい」という大きな目的を掲げ、同じ志を持つ仲間たちとともに実現を目指すのが近道です。ポーターが唱えるCSVの実現とは、究極的な価値共創の形だと思います。
ものづくりとは経済活動そのものである
最後に、藤本隆宏先生による「日本のものづくり 2030年への展望」(DHBR2013年3月号)を紹介します。「ものづくりは現場で起こる」という基本認識に立ち、昨今の日本のものづくり衰退論に反論する、大変興味深い論文です。
この論文では、「よい流れ」と「よい設計」という2つのキーワードを用いています。
ものづくりにおける「よい流れ」の指標には、物的労働生産性やリードタイム、不良率、直行率、稼働率が挙げられていますが、その中でも特に重要なのが、付加価値作業時間比率です。日本企業は価値に直結しないことはやらずに「よい流れ」を鍛え続けてきたからこそ、社会の変化にも対応できました。また「よい設計」とは、多能工のチームワークなどを軸にした、調整能力に富むことを示します。そこもたしかに、日本企業が優れている点だと思います。
藤本先生は、日本企業は、「よい流れ」を鍛えてきたことで十分な実力を蓄えていることに加えて、「よい設計」も連綿と続けてきたことを評価し、両者をつなぎ合わせることで、日本のものづくりの現場は夜明けを迎えることができると主張します。
「『広義のものづくり』は一個の生産思想・設計思想であり、製造業・非製造業の垣根をやすやすと超える」という言葉にもありますが、この考え方はこれまでの論文にも共通する点です。すなわち、現場が一つの思想を共有することで、それぞれの専門を超えた大きな目標の達成を目指せるということです。
さらに、そもそも「広義のものづくり」とは「よい設計のよい流れ」であり、経済活動そのものだとも主張されています。私が目指している世界は、まさにそれです。
私たちはいまEVをつくっていますが、自動車メーカーになりたいわけではありません。我々が目指す地域社会のあるべき姿を形にするために、ちょうどいい製品がなかった。ただ、ちょうどいい部品はあったので、それを自分たちが中心となって組み上げることにしただけです。車をつくること自体が目的ではなく、移動総量を増やすことで経済を活発化させることを目指しています。
この論文を読んで、私たちがやりたいことは、藤本先生が言う「広義のものづくり」であると確認することができました。