この会社は最初に、オンライン販売でトップを走る1社からデジタルの専門家を引き抜いた。この専門家はオンラインについて知悉してはいたが、会社がどう回っているかをなかなか理解できなかった。このため、社内の人々(つまり、自身の事業を成功させるために必要な人々)の気分を早々に害するようになる。2年後、取り組みは完全なる失敗に終わった。

 次に誰に任せるかで頭を悩ませる経営陣に、筆者らはこう尋ねた。「デジタルのことは、いったん忘れましょう。もし御社が中国に進出するとしたら、その難しい仕事を誰に任せますか」

 すぐに答えが返ってきた。社内の優秀なオペレーション担当者の一人で、困難な状況で成功した実績がある、ティムだ。「その人こそ、あなた方が選ぶべきリーダーです」と筆者らは告げた。ティムに打診すると、彼は笑って言った。「私はデジタルについて何も知りませんよ……でも、学びたいとは思っています」

 ティムはすぐに、最も得意な仕事から着手した。優れたチームの編成である。

メンバーの満足度が高く生産的なチームほど、売上高よりも収益を、より効果的に創出するというのがティムの信条であった。そしてゼロからの立ち上げではなく、前回に雇われたデジタルの熟練者らを温存し、うまく協働させる方法を探った。

 次に、ティムは自社の事業にデジタルトランスフォーメーションがどう貢献するのかを理解しようと努めた。製品部長らおよび営業チームと会い、彼らの成功に自分がどう貢献できるかを話し合った。前回にオンライン事業が完全な失敗に終わったのは、製品部長らとの軋轢によって、在庫を確保できなかったからでもある。

 それから間もなく、オンラインは社内の相乗的・協働的な取り組みとして、迅速に成長していった。

 とはいえ、ティムは現状に異を唱えないわけでもなかった。一例として、同社では、特定の製品群がオンライン販売に「必ず含まれなくてはならない」という強い信念が根づいていた。なぜなら、それらは同社の中核的アイデンティティの一部だからだ。しかし、ティムが最小在庫管理単位ごとに分析したところ、それらの製品は損失を生んでいることが明らかになった。

 組織改革と社内政治の何たるかを知っている彼は、それらの製品カテゴリーをただ除外して会社の常識に逆らうのではなく、製品部長らを訪れ、自分のジレンマを相談した。「オンラインでこれらを売ると、損失が出るんです。この製品を我々がもっと売るために、協力して解決するにはどうすればいいでしょう?」。一緒に考え、いくつかの創造的な解決策が生まれた。

 小売店から、オンライン事業での返品について不満の声が上がり始めると、ティムはみずから店舗リーダーのもとを訪れ、「これは私の責任です。どうすれば解決できるでしょうか」と話した。その態度によって、敵対的だった小売店のトップは友人へと変わり、ともに解決策を考案した。たとえば、返品が多い特定の製品については、説明の表示方法を変えるといった対策だ。

 外から来たデジタルの専門家が失敗した部分で、社内人材のティムは最終的に成功した。テクノロジーを理解したからではなく、事業について理解し、人に焦点を当てることで成功したのである。

 結局のところデジタルトランスフォーメーションでは、デジタルと同じだけ組織の変革も必要となるのだ。


HBR.org原文:Don't Put a Digital Expert in Charge of Your Digital Transformation, August 05, 2019.

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ネイサン・ファー(Nathan Furr)
INSEAD助教授。戦略論を担当。共著にInnovation CapitalLeading Transformation(以上未訳)、『成功するイノベーションはなにが違うのか?』がある。

ユール・ガーラント(Jur Gaarlandt)
デジタル戦略を専門とするオランダのコンサルティング会社、スパーク・オプティマスのパートナー。

アンドリュー・シピロフ(Andrew Shipilov)
INSEADのジョン H. ラウドン記念国際経営学講座教授。共著にNetwork Advantage(未訳)がある。