金銭的なコスト
米国の州立大学の学費は、州民の場合の約3万8000~州外居住者の場合の9万6000ドルだ。私立大学の場合は、平均13万ドル。そこに住宅費や食費が加わることになる。これを1989年と比べると、高等教育の学費は平均賃金の約8倍のペースで上昇していることがわかる。
もちろん、学校も運営資金が必要だ。このため一般的なモデルは、学費を、学生が負担すべき先行投資のように位置づけている。この仕組みをひっくり返すと、学生が負う金銭的リスクを取り去ることができる。
新しいモデルでは、学生と大学などの高等教育機関が「所得共有契約(ISA)」を結ぶことにより、学生ではなく大学が先行投資(諸経費の負担と教育やサポートの提供)を行う。
学生側は、先行投資額がゼロ(またはごくわずか)である一方で、卒業後に高給の仕事に就くインセンティブを与えられる。就職時には給料の一定の割合を大学に支払うことを、ISAで合意しているからだ。つまり、学生が卒業して収入を得るようにならなければ、大学も収入を得ることはできない。
このモデルの初期版は、学生側の先行投資をなるべく抑えようとしたが、1万ドルにしても、あるいは1000ドルに下げても、多くの若者は負担できなかった。このため現在のモデルでは、卒業後に専門分野で年収5万ドル以上の仕事に就くまで、学生には1銭たりとも支払い義務が生じないようになっている。年収5万ドル以上になったとき初めて、収入の17%(ただし年間3万ドル以下)を2年間支払う。
学生が成功しなければ、長期的には、私たちのスタートアップも経営が立ち行かなくなる。学生が卒業後5年以内に年収5万ドル以上の仕事に就けない場合、ISAは終了となり、学生は支払義務から解放される。年収5万ドル以上の仕事に就いたけれども、2年間の支払いが終わる前に失業した場合(みずから辞めた場合を含む)、支払義務は無利子で一時停止される。
こうすると、学生が負担する金銭的リスクは大幅に縮小できる。とはいえ、大学に通学するとなると、収入を得る機会は限られる。そのために大学進学を断念する人もいることがわかってきた。
そこでラムダ・スクールは、今年から生活給付金制度を始めた。9ヵ月間の全日制プログラムに参加する学生は、月2000ドルの生活費補助に応募することができる。この給付金を受けた学生は、卒業後、(収入の17%を2年間ではなく)収入の10%を5年間ラムダスクールに支払う。
このように工夫が重ねられてきたものの、ISAも完璧ではない。搾取的な業者は存在するし、ラムダ・スクールのように年間支払い額に上限を設けたり、支払い義務が生じる年収額を設定したり、5年間の契約期間を設けたりといった保護措置がないISA提供業者もある。
このため筆者は、超党派のISA規制法案を支持している。学生を保護するとともに、リスクを抑えたISAを提供する教育機関を増やすことは重要だ。
アクセス
優秀な人材は、世の中に比較的均等に散らばっている。だが、機会へのアクセスは平等に存在しない。
アクセスは複雑な問題であり、さまざまな社会経済的要因に左右される。だが、最も大きな影響を与える要因は、住んでいる場所だ。交通の便の良し悪しが、キャリアを積んだり、上の所得階層に移動したり、生活の質を高めるうえで大きな影響を与えることがわかってきた。
伝統的な高等教育は、大学のキャンパスがある場所に学生が引っ越すか、少なくとも通学する必要がある。それは学費とは別の一連のリスクを伴う。金銭的なコストだけでなく、チャイルドケアや家族に負担が生じたり、アルバイトをする時間がなくなったりするといったことだ。
そこでラムダ・スクールは、あえて完全オンラインプログラム制にした。ISAなどの柔軟な学費返済モデルと、オンラインプログラムを組み合わせると、大きく異なる学生像が見えてくる。
ラムダ・スクールでは昨年、アルバイト先のマットレス店(かなり業績が悪化していた)の控室で、モバイルホットスポットを使って「講義」を受け、卒業した学生がいた。学生たちがいまいる場所で、ニーズを満たせるようにすることは重要だ。
結果
高い費用を払って学位を取得しても、その費用に見合った仕事に就けるかどうかは、これまでになく怪しくなっている。
大卒者の40%以上が、学位を必要としない仕事に従事しているほか、2018年の若手大卒者の11%以上が潜在失業者だ。その数字は、10年前よりも大幅に高まっており、大卒者がかつてよりも、さほど望ましくない仕事を引き受けていることを示唆している。その最大の理由は、ほかに選択肢がないからだ。
大学の学位は、雇用以外にも多く恩恵をもたらしてくれるのは事実だが、雇用(よりよいキャリアと、より経済的に安定した生活)は基本的な恩恵でもある。大学生調査研究プログラム(CIRP)が長年行ってきた調査によると、大学の新1年生に進学した理由を聞くと、最も多い答えは一貫して「よりよい仕事に就くため」だった。
だとすれば、学生にとっての投資利益率(ROI)を改善することは、常識的な対応だ。そのためには、学生生活の初日から、雇用を目標として学習経験を設計しなおす必要がある。
よりよい「結果」を出すために、ラムダ・スクールは何度か大きな見直しをしてきた。現在、就職支援はカリキュラムの一部として9ヵ月のプログラムの2週目に始まる。かつて6ヵ月間だったコーディング集中コースは、9ヵ月間に拡大された。テクノロジー業界で長期的かつ給料のいい仕事に就くためには、まるまる1学年使ってコーディングを学んだほうが、はるかに有益であることがわかったのだ。
何よりも重要なのは、ラムダ・スクールでは、多くの企業の採用責任者と協力して、その業界の採用基準を満たす能力を身につけることを念頭に、カリキュラムを設計していることだ。さらにラムダ・スクールは、優秀な人材を求める企業と、採用面で直接的なパートナーシップを結んでいる。その目標は、ラムダ・スクールの卒業生が、きちんと就職できるようにするだけでなく、各分野で長く成功したキャリを築けるようにすることだ。
この方向性を考えると、ラムダ・スクールなどの代替教育機関は、学校であると同時に、キャリア支援サービスのようになるだろう。「有能な人材と雇用機会の交換所」と呼ぶと、ロマンのかけらもないかもしれないが、経済的に見ると、それが私たちがつくろうとしているものである。
誰もが、もっといい仕事を必要としている。そして企業は、もっといい人材を必要としている。
今後はどうなっていくのか。あきらかに実験はまだ終わっていない。
パデュー大学やユタ大学、コロラド・マウンテン・カレッジなど、独自版のISAを試行する教育機関は増えている。パデュー大学は9月末、昨年同期と比べて25%増と、記録的な数の学生がISAを利用していることを発表した。ラムダ・スクールでは、金銭的リスク削減が学生に好影響を与えることを示す証拠が出てきた。ラムダ・スクールの卒業生の85%以上が、卒業後半年以内に、年収5万ドル以上の仕事に就いていることがわかったのだ。
だが、私たちの学びはまだ続いている。もっと良好な結果を上げたいが、それは容易ではない。ラムダ・スクールは設立から2年が経ち、学生数は3000人に増えたが、成長に伴うリアルな痛みや批判と無縁ではない。この半年だけでも、カリキュラムとスタッフ、そして内部プロセスに無数の変更を加えてきた。正確に言うと、現在のラムダ・スクールは第96版だ。
最近の大きな変更は、学生が自分の声に耳を傾けてもらっていると「常に」実感できるように、フィードバックの流れを大幅に改善したことである。それだけではない。スタッフのダイバーシティを高めるとともに、全学生にとってのアクセスを改善する努力を、今後も広くシェアしていくつもりだ。
ごく最近では、データ収集と報告のプロセスを全面的に見直し、学生の経験と卒業生の進路について、より詳細で一貫性があり、透明性の高い情報を確保できるようにした。それは私たちの本来の姿でもある。ラムダ・スクールは、1000ドルの先行投資さえリスクが大きすぎるという、学生たちの声に耳を傾けた結果生まれたのだ。
教育のリスクを低下させる実験は、筆者が想像したよりも大きく、厳しいものだった。しかし、その価値はあった。学校と学生がリスクを平等にシェアして、お互いの成功を願うような動機づけられた教育システムの未来を、筆者は信じている。
理想主義と言う人もいるかもしれないが、古いやり方がうまくいっていないのは明らかだ。学生たちの需要があり、彼らが自分の暮らしを変えるために努力し続けている限り、私たちも、よりよい方法を探してやるために戦うべきだろう。
HBR.org原文:What If Your University Tuition Was Based on Your Future Salary, October 10, 2019
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オースティン・オルレッド(Austen Allred)
ラムダ・スクール創立者兼CEO