課題(1):目標に関して経営陣の意見が一致しておらず、その不一致が明らかになっていない
経営幹部らの足並みがそろっていなければ、直属の部下らの間でも、何を優先し、進捗をどう測定するのかを合意するのが難しくなる。
この問題を改善するには、実際に投資をする前に、次のことを定義して明確化しておくことだ。どんなチャンスがあるのかだけでなく、解決が必要な問題は何か。そして望ましい解決策の実現に向けて、自組織はどんな態勢で臨むのか、である。
数年前にイタリアの電力・天然ガス会社ソルジェニアが始動させた変革プロジェクトには、非常に明確な目標があった。5年という限られた期間で、デジタルチャネルの構築と向上を主な手段として、顧客基盤を30万人から100万人に増やすことである(なお、ソルジェニアは当社アクセンチュアの顧客であることを明記しておく。この関係を通じて、同社の取り組みに関する新たな知見が得られ、本稿での紹介につながった)。
同社には、電話セールスの部門がない。経営陣はこう考えている。セールスの未来はデジタルであり、適切なデジタルツールによって顧客体験をシンプル化でき、その過程で多くの新規顧客を引き込める。
自社のITをクラウドに移行したことが、組織にとって決め手となった。クラウドソリューションによって、顧客が大量に増えても常時管理できるようになったのだ。
しかし、この変更には、ソルジェニアの中核事業のあらゆる部分が関わることになった。そこには顧客の獲得と管理、新たなデータハブを通じてのビッグデータの分析と管理、従業員のコミュニケーション・協働・生産性を向上させるプラットフォームの構築などが含まれる。目標、およびその達成手段が明確に理解されていなければ、事業のすべての側面で足並みをそろえるのは難しかったはずだ。
結果としてソルジェニアは、目標の実現に向けて突き進んでおり、取り組みへの支援態勢も充実させている。いまでは同社の主要オペレーションの多くが15~20%迅速化され、従業員は付加価値の高い業務に集中できるようになっている。
課題(2):「試験的取り組み」を支えるデジタル能力と、その「規模拡大」を支えるデジタル能力は異なる
企業はこの問題に対処しなければ、増産の大幅な遅れを受け入れるか、経営陣が約束したことを守るために急激かつ負担の大きな変革を試みるか、いずれかの選択を迫られることになる。
改善策としては、デジタル能力の不足を埋めるために外部を頼みとするか、または試験的取り組みを社内で育て、全社的にデジタル能力を最初から構築していくかである。
フランスを本拠にグローバル展開する自動車部品メーカー、フォルシア(アクセンチュアの顧客)は、デジタル能力の不足を埋めるために買収という手段を用いてきた。2018年にはパロット・オートモーティブを買収。安全性、快適性、音質、温度調整などの機能で最も先端をいく、「未来のコックピット」と呼ぶシステムの開発を加速させるのが狙いだ。
フォルシアはさらに、学術研究機関の研究者らと、イノベーションの集積地(シリコンバレー、トロント、テルアビブ、上海、パリなど)にあるスタートアップ群を結ぶネットワークを構築した。同社はこの交流関係を活用して、健康、サイバーセキュリティ、排ガスゼロに関する発展中の技術の試作と産業化を加速させている。
一方、筆者らの調査におけるリーダーの多くは、このような試みを全面的に避けている。その代わりに、大組織の内部に自前の「イノベーション工場」を設け、試験的プロジェクトの立ち上げと発展に努めているのだ。
スカンクワーク(特命チームによる極秘開発)、あるいは正規の研究開発部門から独立した小規模な実験室は、より速く、より安くイノベーションを実現するという任務を課せられている。
だが、ここでいうイノベーション工場はそれらとは異なり、組織の力を使いながらデジタル改革を推進する。その仕事は研究開発や製品設計のみに限定されず、イノベーションの工程の最初から最後まで携わる。新規アイデアの発案から始まり、潜在的ソリューションを設計し、その実施・展開へと進み、規模拡大するのだ。
そしてこの役割は、組織に深く溶け込んでいる(独立していない)。つまりイノベーション工場のメンバーは、そうでない社員と同じ実験室や工場現場で働く人たちだ。研究開発だけでなく、他のさまざまな職能部門から参加している。
取り組みの過程で、新たな人材を外から採用することもあるが、既存の人材の登用と能力開発も行う。そして新たに立ち上がったイノベーション工場のグループを、常に会社の損益と関連づけて説明責任を課す。そうすることで、実証実験をより大規模な組織に拡大する際の影響を、本格展開の前に確認できる。あたかも、新規事業が既存の組織の中で、ゆっくりと芽を出し成長していくような形を取るのだ。
フォルシアと同じくフランスを本拠とする、産業用発電のグローバル企業であるシュナイダーエレクトリック(アクセンチュアの顧客)は、自社独自のデジタルサービス・ファクトリー(DSF)を立ち上げた。社内で事業横断的に動くDSFのエンジニアは、予知保全サービスや資産監視ソリューションといったデジタルサービスの提供に関する、新しいアイデアを生み出している。
一つだけ例を挙げよう。送電線やブレーカーのような配電設備の、熱と湿度を効果的に監視する能力は非常に重要である。DSFのチームは、(熱と湿度を測る)無線温度センサーの技術と、無線通信プロトコルを組み合わせたソリューションを考案した。完了に要する期間は3年と想定された。しかしDSFの取り組みによって、シュナイダーエレクトリックはこのサービスをたった8ヵ月で開発して産業化したのである。
本稿で概説してきた方法は、デジタル改革というパズルのピースである。そして、今後の投資に必要な資金を確保する役にも立つ(筆者らの調査では、幹部の94%が、取締役会からデジタル投資の承認を得るのは難しいと回答した)。本稿で挙げた課題を考慮に入れておけば、資金の必要性を、説得力を持って証明しやすいはずだ。そしてイノベーションに成功する可能性も、はるかに高まるだろう。
HBR.org原文:The Two Big Reasons That Digital Transformations Fail, October 18, 2019.
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