リスク(1)人への投資が不十分
これは、文化のリスクを最も予期させる要素だ。従業員への投資は健全な文化への投資であり、経営実績の向上へとつながる。企業に入るということは、「ピープル・ディール(People Deal)」と呼ばれる人材戦略の枠組みに入るということだ。そこで働くことと引き換えに、企業とのディール(取引)に従って、報酬やキャリアアップ、さまざまな福利厚生を受け取る。
ただし、企業がこの取引における義務を果たしていないと感じる従業員は、自分たちも義務を果たそうとしなくなる。やる気を失い、受動的攻撃行動を取り、仕事の質が低下することも少なくない。このような状況が広がると、企業はあっという間に脆弱になる。
そこで、企業の人事とコミュニケーション部門が連携して、従業員に対する価値提案を明確に定義する必要がある。「これは自分にどのような利益をもたらすのか?」という質問に答えるようなプログラムや福利厚生を取りまとめ、それを公表し、実行するのだ。
しかし現実には、私たちの調査では、回答者の4分の1が「雇用主が従業員をあまり支援していない、もしくは気にかけていない」と感じている。
リスク(2)説明責任の欠如
調査回答者の3分の1が、自分が働く企業は不正行為などの責任者を常に明確にしているわけではないと考えている。
責任が明確にならない、あるいは責任の問われ方が偏っていると感じる従業員は、不祥事を通報しないことを正当化し、自分の軽率な振る舞いの口実にするかもしれない。企業が自社の価値観を軽視しているのではないかという疑念はひそかに浸透し、自分たちの文化を自分たちで守るという意識──「気がついたことを自主的に指摘する」意識──は挫折するだろう。
すでに多くの企業が、この問題の改善に取り組んでいる。内部通報者の保護や、懲戒処分の公表(個人名や機密事項は伏せる)もその一つだ。
私たちのあるクライアントは、たびたび調査の対象になり、社内のコンプライアンスの意識が希薄だと理解した。そこで、人事と法務部門、およびそこで働く従業員について、機械的ではなく人間らしさを重視することにした。
グローバル規模の独創的なプログラムと、的を絞った研修を通じて、問題の通報と調査のプロセスがわかりやすくなり、従業員が人事と法務部門のスタッフを知る機会が増えた。違反行為を通報することがすべての従業員にとって日常業務の一貫となり、最終的に、従業員の不安が、企業とその誠実さに対する信頼へと変わった。
リスク(3)ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DEI)の不足
米経済界にとって、#MeToo運動はまさに必要な警告だった。セクハラと性差別を中心に、全米の半分以上の企業が自社の方針を再検討している。さらに、取締役の多様化を図る、ダイバーシティとインクルージョン(D&I)の諮問委員会を設置する、従業員リソースグループ(ERG)(訳注:民族や性別、性的指向、宗教などを共有する従業員のグループ)を強化する、インクルージブではない働き方を改善する、などの取り組みが進んでいる。
これらの努力が実際に、どれだけの危機を回避できたかはわからないが、職場のダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンの不足は、やるべきことがたくさん残されている分野でもある。ダイバーシティを推進する人々は昨夏にも、自分たちの目標にとって組織の文化は最大の障害だと指摘している。
インクルージブではない環境を促進する文化で知られる一部の業界は、大きな理由として、働く人々のダイバーシティが不足している。その典型的な例がIT業界だ。ある研究によると「IT離職者」の40%が、ステレオタイプ化やハラスメント、マイクロアグレッション(訳注:微妙なニュアンスあるいは無意識の発言や行為による差別や攻撃)を、業界を離れた大きな理由として挙げている。
ステレオタイプ化を経験したことがある人の割合は、軽視されがちなグループのほうが、白人とアジア系の男女に比べて2倍多い。彼らにとって、職場の文化の改革は大きな変化をもたらす。彼らの3分の2近くが、雇用主が不健全な環境や振る舞いを直す努力をしていたら、辞めなかっただろうと答えているのだ。
リスク(4)経営陣の好ましくない振る舞い
従業員は経営陣の真似をするものだ。したがって、経営陣の好ましくない振る舞いが文化のリスクを示唆することは言うまでもない。
エグゼクティブには結果を出さなければいけないという重圧があり、どのように達成したかを考慮せずに、何を達成したかだけで報酬が決まるケースがあまりに多い。私たちの調査では、従業員の約3分の1が、自分たちのリーダーの振る舞いは企業の価値観と一致していないと答えている。
2018年にはバーンズ・アンド・ノーブル、CBS、ルルレモンなど、大手企業のCEOが不適切な振る舞いにより相次いで職を辞した。PwCによると過去19年間で初めて、CEOの解任理由の第1位は、業績の低迷ではなく倫理観の欠如だった。2018年にCEOを降りた人の39%が、「性的な違法行為の疑惑にもとづく非倫理的行為か、詐欺、贈賄、インサイダー取引に関係する倫理的堕落」が理由だった。
CEOに不正などの問題行為があった場合、取締役会は企業の価値観を最優先させるという難しい決断を下さなければならない。
リスク(5)大きなプレッシャー
私たちの調査では従業員の37%が、自分の企業はプレッシャーが大きい環境のマネジメントにいつも慎重とは言えず、価値観と倫理観が利益と成長の犠牲になりやすいと考えている。非現実的な締め切り、攻撃的すぎる売上目標、インセンティブの貧弱な仕組みなどは、結果を出すために極端な──しばしば違法な──手段に走らせかねない。
従業員による自社の評価でもこの分野は最も低く、一方で、改善の余地は最大限にあるだろう。たとえば、従業員の責務を適切に調整するだけでなく、彼らのレジリエンスを育てて、難しい状況に対応できるようにしようという企業もある。
繁忙期に現場でサポートの体制を整える、ウェルネス担当の管理職が従業員の心身の健康に気を配る、プレッシャーが大きい場面でも道徳的な選択ができるような意思決定の研修を導入するなど、さまざまな努力が行われている。
リスク(6)不明瞭な倫理基準
私たちの調査によると、多くの企業が、従業員の振る舞いの指針となるべき企業の価値観が定まっていない、広く知られていない、あるいは社内の制度やプロセスのせいで機能していない。価値観がある企業でも従業員の3分の1が、自信を持って説明できないと感じている。自分が理解していない価値観を体現することはできない。
私たちのあるクライアントは、世間を騒がせたスキャンダルを切り抜けた後、従業員の会社に対する意識をリセットして、地理的な境界と地域ごとの文化規範を超越したグローバルな価値体系をまとめなければならなかった。そこで彼らは、世界中の従業員とともに振る舞いの大きな変化を促し、世界各地の市場と共鳴するような5つの価値観を定めた。
もちろん、価値観や原則や信条を確認することは、最初の一歩にすぎない。それを実行して強化することが、最終的に文化のリスクを軽減するのだ。
たとえば、従業員の間に企業文化の旗振り役のネットワークを定着させる、企業の価値観を確認するイベントを毎年行う、価値観にもとづく社内のコミュニケーションを促進するなどの取り組みを通じて、共有の価値観が優先される環境を維持することもできる。