キャリア官僚で2児の母、
仕事と家庭の両立に奔走する

編集部(以下色文字):岩田さんは香川県の高校から東京大学に進学し、1971年に労働省(現厚生労働省)に入省されました。男性は外で仕事をして、女性は家庭を守るという価値観が一般的な時代に、仕事を続ける生き方を選ばれたきっかけを教えてください。

岩田喜美枝(いわた・きみえ)
元 厚生労働省 局長、元 資生堂 代表取締役副社長
1947年、香川県生まれ。1971年、東京大学教養学部を卒業後、労働省(現厚生労働省)入省。女性労働問題や国際労働問題を担当し、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を最後に、2003年退官。同年、資生堂に常勤顧問として入社。取締役常務などを経て、2008年に代表取締役副社長就任。2012年、公益財団法人21世紀職業財団会長に就任(2018年退任)。現在は、東京都監査委員、住友商事、味の素、りそなホールディングスの社外取締役を務める。

岩田(以下略):その頃、民間企業の女性採用は結婚退職が前提でした。平均初婚年齢は23歳前後でしたから、高卒だと5年、短大卒なら3年は働いてくれるけれども、4大卒は採用してもすぐに辞められてしまいます。そのため大卒女子を採用しない企業も多く、女の子は高校を卒業したら地元の企業に就職させて、男の子は無理してでも4年制大学に進学させる風潮がありました。

 我が家は経済的にけっして裕福な家庭ではありませんでしたが、父が高校教師で、母も結婚するまで小学校の先生をしており、両親ともに大変教育熱心でした。子どもたちにはよく「財産は残せないけど教育は残してやる」と言っており、きょうだい3人とも大学に行かせてくれた。