過去の協働関係による不利益
私たちはPACER (Public Access to Court Electronic Records) と、レクシスネクシスが提供するレックスマキーナの米国知財訴訟データベースを利用して、顧問弁護士2万人の業務履歴を調査した。彼らは、米国連邦地方裁判所の特許、著作権、商標侵害訴訟で企業の代理人を務めた、米国の法律事務所に所属する弁護士である。
その中には、他の弁護士と過去の事件では(共同訴訟人または共同被告人として)協働したが、その後別の訴訟では、対立する当事者の代理人として相対した弁護士もいる。知的財産権訴訟ではそうしたケースが多く、かつては協力者だった弁護士と相対する立場になったことが3件に1件見られた。
弁護士が対立する立場に置かれたとき、クライアントから忠誠心を疑われて互いにどのような行動をとったか、その行動がクライアントのために得た訴訟の成果にどのような影響を与えたかを調べたところ、弁護士らは、かつての協力者と自分を切り離すために大げさに争いを繰り広げることで、忠誠心に対する疑念を振り払おうとしていた。既知の間柄で和解を目指すのではなく、むしろ法廷で敵対的かつ攻撃的にふるまったのだ。クライアント同士が激しく競い合っているケースでは、ほぼこの行動が見られた。
知的財産権訴訟を5000件近く分析した結果、このダイナミクスが明らかになった。体調不良によって審理の日程を遅らせる、誰かの娘の発表会があるから起訴を遅らせるといった、取るに足らない要望でさえも激しい反対にあった。忠誠心を見せることにこだわる弁護士は、こうした状況に直面したとき、自力で合意に達することがめったになく、頻繁に裁判官の介入を必要とした。
苛烈をきわめる法廷で裁判は長引き、訴訟は和解せず、判決に持ち込まれる確率が際立って高かった。戦いがエスカレートすることで、おしなべてクライアントの懐に打撃を与え、訴訟が終わるとクライアントからの評価が下落した。
我々はこれを「過去の協働関係による不利益」と呼んでいる。過去の協働関係は、迅速で円滑な紛争解決を促進するどころか、共通して対立を深め、企業価値を下げる。この行動に走る動機をピンポイントで挙げるのは難しいが、調査を通じて、あるヒントが読み取れる。かつての協力者への敵意は、それぞれのステークホルダーが強力なライバル関係にあるときに湧いてくるのだ。
我々のデータには、医薬品メーカーのワイスとワトソン・ラボラトリーズ、医療機器メーカーのメドトロニックとボストン・サイエンティフィックなど、互いに訴訟を起こし合っている企業や、同じ顧客と技術をめぐって戦うことになったエヌヴビディアとサムスンの例も含まれている。
ライバル関係にあるこれらの企業は経過を注視し、意識せずとも、自社の顧問弁護士に過度の忠誠を迫っていると考えて、間違いないだろう。我々のデータによれば、ライバル関係のクライアントが裁判に密に関わっているとき、弁護士同士の攻撃的な態度に拍車がかかっている。
また弁護士らは、かつての協力者に攻撃的な態度をとることによって、自分の身にかかる忠誠への圧力とは無関係に、最高レベルの職務遂行と誠実さを維持することを、自分自身に言い聞かせようとしているのではないか。相手をひいきするかもしれないという不安から、過去の友好関係を損なうリスクを負ってでも、逆の態度を過剰にとってしまっていると考えられる。
このダイナミクスは、法律の文脈を超えたところでも働く。忠誠心を二分させるような状況に置かれたとき、人はえこひいきしないように、あるいはその印象を人に与えないように努力する。こうした状況は、ビジネスにおいても存在する。たとえば近年、アマゾンとマイクロソフトの間では多くの幹部が相互に移籍している。クラウドコンピューティング市場における両社の競争が熾烈化する中、そうした幹部はかつての同僚にどのような態度をとっているのかと、不思議に思う人もいるだろう。
二者間での激しい競争や対立があると、その間に挟まれた人は、自分の忠誠心を証明するために過激な行動に出る場合がある。たとえば、1941年12月に日本が真珠湾を攻撃した後、ハワイ在住の日系米国人が大勢、米軍に志願した。
我々の調査によれば、いま忠誠心を示すべき相手に認めてもらうには、かつての協力者と自分を切り離すために、顕著かつ攻撃的な態度を目に見える形でとることが効果的だ。残念なのは、人間関係や企業利益を損ねるほどに、やりすぎる嫌いがあることだ。