最悪の想定を置き、最善の準備を
前述しました特集最初の、神戸大学大学院教授・鈴木竜太氏の論文「自律的な協働を促すリーダーシップ」で、今日の企業環境に合うものとして論じているのが、ハーバード・ケネディスクール上級講師のロナルド A. ハイフェッツ氏の「適応的挑戦状況」でのリーダーシップです。
この論文を読まれて、ハイフェッツ氏の考え方に興味を持たれた方には、同氏とマーティ・リンスキー氏の共著『[新訳]最前線のリーダーシップ』(英治出版、2018年)をお薦めします(旧訳の発行は2007年)。
同書の特徴は、現実主義です(理想主義でなく)。「新版に寄せて」の2~5ページに、新種ウイルスによる伝染禍や気候変動の危機についての指摘に続いて、歴史を振り返れば、こうした危機的状況から、リーダーシップにおいて専制政治が生じると懸念します。
そうならないためには、誠実なリーダーシップが必要ですが、そこには落とし穴がある(リーダーが独善的だったり人々の保守性に無関心だったりなど)として、多くの失敗例と回避策を例示します。ハイフェッツ氏は医師経験があると同時に、多くの国の元首や世界企業のアドバイザーであるため、事例がバラエティに富んでいます。
そして、「適応的挑戦状況に挑むリーダーは、自分の身を危険にさらして生きる。なぜなら、フォロワーに、可能性だけを代償にして、大切にしているものを手放すことを要求するから(だから多くの人はリーダーになりたがらない)」と論じます。
現実を踏まえて、同書は、「リーダーシップはどのように危ういか。それにどう対応すれば良いか。困難を極めた時でも情熱を失わないためにはどうすればいいか」について具体的に提案しています。
また、為政者の不倫論、黒人初のメジャーリーガーをユダヤ人の名選手がサポートした話、コンサルティング会社にありがちな課題と打開策など、エピソードの面白さも光ります。
とはいえ、現状は緊迫しています。経営者やマネジャーは、深刻な景気後退が顕在化するこれからが大変です。
現実の危機を前にリーダーは何をすべきか。そこにストレートな解を打ち出すのは、『コロナショック・サバイバル』(冨山和彦著、文藝春秋、2020年)です。事態は"戦時"に入っていく可能性が高いと見て、「企業経営における最大の課題は、まず生き残ること」と訴えます。
2000年代の日本の金融危機やリーマンショック危機などに際して、多くの企業の倒産危機への対処や再建を担って来た著者の経験に基づく助言(「銀行から早めに徹底的に借り入れる」「現預金の出入りと残高を日繰りで管理」など)は、具体的で、即効性があります。
冨山氏は、「古来より戦時は独裁である」と書きます。状況が切羽詰まっていれば、「最悪の想定を置き、最善の準備をせよ」などの8つの「修羅場の経営の心得」(同書第2章)を徹底しなければいけません。
もし経営に余裕があれば、CX(コーポレートトランスフォーメーション:企業の大変容)を実行して(第4章)、危機をチャンスに生かすべきでしょう。いずれにしても、いまこそ、リーダーの真価が問われているのです(編集長・大坪 亮)。