「三方よし」で戦略的に社会との共生を図る

──知識は陳腐化するため、SECIで一度創造したイノベーションも陳腐化してしまう。そこで、繰り返し実践して知恵を高め、実践知を得て、持続的なイノベーションにつなげていくべきだとわかりました。組織としてこうした考えを浸透させるにはどうしたらよいのでしょうか。

 企業を「社会の公器」として見ることです。米国企業は株主を中心に見ており、会社は株主のためのものだという考えが根強い。

 一方で、日本企業の多くはステークホルダーが大事だと考えています。顧客、従業員、取引先、地域、そして株主がいる。

 この考えは、近江商人の「三方よし」に表されていています。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」。日本の立派な経営者の多くがこの考えを実践していると思います。

 三方よしの考えには、神道の影響もあるかとは思いますが、社会や自然環境といかに共生するかという考え方が非常に強く表れていると思います。

 もっとも、マックス・ヴェーバーが20世紀初めに『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を書いた時は、米国にも社会との共生や共感、グッドネスのような考えが資本主義の根底にありました。

 それがなぜかウォールストリート原理主義となり、「会社は株主のためだ」と行き過ぎた発想になってしまったのです。

 こうしたアウトサイド・インの発想ではどうしても考え方が「私たちとその他」というように切り分けて考えてしまう。コロナのようなことが起こると「分断」につながってしまうのです。

 一方、インサイド・アウトの発想では、全て「私たち」というように考えられる。社会の中における存在として認識している。実は危機の中で生存していくには、こちらのほうがうまくいくのではないかと思います。

 長寿企業を分析すると、世界で300年以上続いた企業のおよそ4割が日本にあるということは、このことを物語っているのではないでしょうか。

──コロナのような厳しい経営環境においても、共生や共感をベースに、全体の中でどう自分たちが生き残っていくか、その社会と共にどう生き延びるかというのを考えていくということですね。

 ええ。いま注目している企業に、米セールスフォースがあります。創業者のマーク・ベニオフも同様の考え方を持っています。

 彼は、「サンフランシスコが抱える一番大きな問題は何か」と聞かれた時に、ホームレスだと答えました。ではそれをどう解決するのかという問いに、「我々のような大企業から税金を取ったらいいのではないか」と答えています。これは米国企業からはなかなか出てこない発想です。

 マイクロソフトCEOのサティア・ナデラも同様です。インド出身の彼には、障害を持つ2人の子どもがいます。彼は、その子育てから社会と共生していくことを学び、「共感はイノベーションの一部である」と述べ、共感の持つ力を組織に取り入れています。

 創業者のビル・ゲイツのようにどこかと激しく戦うよりも、パートナーシップを組んでいくという方向性を打ち出して、企業が大きく変わりました。

 日本においても、伊藤忠商事が商売の原点に立ち返ろうと伊藤忠グループの企業理念を「三方よし」に改定し、展示会まで開いています。

 やはりトップが企業のミッションとして何を掲げているのかがとても重要です。「俺たちはこのために存続するんだ」と。それが社会のため、世のため人のためにつながっているかどうか。そのメッセージがあるかないかで、いわゆるミレニアル世代の人材獲得にも差が出ています。

 ただし、その根底には実践知がなければなりません。素晴らしいビジョンを唱えているだけではダメで、実践していかなければなりません。