そしてコロナ禍が到来
2020年春にIBOは、試験を続行するか、中止してほかの方法で成績を付与するかの決断を迫られた。試験を認めれば生徒と教師の安全が危うくなり、公平性の問題も生じうる。たとえば、一部の国の生徒は試験を自宅で受けることを許され、ほかの国では学校で受けなくてはならないような場合に問題となる。
試験の中止に当たり、成績をどのように与えるかという問題が持ち上がり、ここでIBOはAIに目を向けた。生徒のコースワーク、予測スコア、そして前年までの試験による実際のスコア――これらの膨大な過去データを活用して、各生徒の総合成績を算出するモデルを構築するという決定が下された。
つまり、2020年度卒業生が試験で取っていたであろう点数を予測しようというわけだ。モデルの構築は、本稿掲載時点では社名が公開されていない下請け業者に外注された。
危機が生じたのは、結果が届いた2020年7月上旬のことだ。世界中の何万人もの生徒たちが受け取ったのは、予測から著しく外れたスコアであり、しかもその偏差は説明がつかないものだったのである。
以降、2020年度の全IB資格取得者の15%以上に相当する約2万4000人が抗議運動に署名。IBOのSNSアカウントには怒りに燃えるコメントが殺到した。いくつかの政府機関は正式に調査を開始し、多数の訴訟が準備中であり、中にはEUの一般データ保護規則(GDPR)違反によるデータ侵害を訴えるものもある。
さらに、AIソリューションを導入したほかの高校教育プログラムに参加している学校、生徒、家族も、同様の懸念を抱いている。とりわけ英国では、Aレベル(大学入学のための資格)の結果発表を2020年8月13日に控え懸念が広がっている。
不服を訴える余地は限られている
抗議が広がる中、不満を抱えた生徒と親たちによって、ある非常に重要かつ現実的な疑問が頻繁に挙げられている。成績に対する不服をどのように訴えればよいのか、という問題だ。
例年ならば、不服申し立て(アピール)のプロセスは明確に定められており、いくつかの段階がある。生徒個人の試験の再採点に関するものもあれば、特定の学校における科目別コースワークの採点傾向の見直しに関するものもある。
前者は、生徒の成果物を再度採点することを指す。成績がその成果物の点数に基づいている場合には当然、最初になされるべきステップだ。
後者は、学校によるコースワークの全体的な採点結果と、IBOがその学校の成果物サンプルを独自に審査し採点した結果に大きな差異がある場合に、当該校の採点に対してIBOが適用する調整(評価の適正化)を意味する。
不服申し立てのプロセスは明確に理解され、一貫した結果を生んできたものの、頻繁には利用されてこなかった。その主な理由は前述したように、最終スコアが予測と大きく異なるケースがめったにないからだ。
今年、IB認定校は当初、生徒の成果物の再採点を申請するという形で不服申し立てを考えていた。しかし、ここには根本的な問題がある。論争の的は、採点対象の成果物そのものではなく、疑問視されているAI判定なのだ。
AIは実際には、成果物をまったく採点していない。入力されたデータ――教師によって採点されたコースワークや、予測スコアなど――に基づいて、最終スコアをはじき出したにすぎない。
プログラムの仕様は非公開のため、人々が確認できるのは結果だけだ。その多くは著しく異常であり、教師によるコースワークの採点結果と比べて最終スコアが大幅に低いというケースもあった。
当然ながら、IBOが設けた不服申し立てのアプローチはうまく機能していない。AIによる成績判定の方法とまったく整合していないからだ。