本連載では『ハーバード・ビジネス・レビュー』を支える豪華執筆陣の中から、特に注目すべき著者を毎月一人ずつ、東京都立大学名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選します。彼らはいかにして、現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会として、ご活用ください。本稿では、マイケル E. ポーター教授とFSGを共同創業し、ポーター教授とともにCSV(共通価値の創造)の概念を提唱したマーク R. クラマー氏についてご紹介します。

マイケル・ポーターとの共著論文で
3度のマッキンゼー賞を受賞

 マーク R. クラマー(Mark R. Kramer)は1956年生まれ、現在64歳。FSG(Foundation Strategy Group)の共同創業者兼マネージング・ディレクターであり、2017年からハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の上級講師も務めている。

 また、ハーバード・ケネディスクール・オブ・ガバメントの「企業と政府のためのCSRイニシアチブセンター」のシニアフェロー、カリフォルニア大学バークレー校ハーススクール・オブ・ビジネスの上級講師でもある。

 クラマーは1979年、マサチューセッツ州ウォルサムにあるブランダイス大学で哲学を専攻し、優秀な成績(summa cum Laude)で卒業した。同年ペンシルベニア大学ウォートンスクールに進学し、1982年にMBAを取得。さらに同大学ロースクールに学び、1985年に優秀な成績(magna cum laude)で JD(法務博士)を取得した。

 ロースクール卒業後、クラマーは第5巡回区合衆国控訴裁判所の司法書記として、またボストンにあるロープス・アンド・グレー法律事務所のアソシエイトとして働いたが、1988年にクラマー・キャピタル・マネジメントというプライベート・エクイティ・ファームを設立すると、2000年まで同社の社長を務めた。

 クラマーは2000年、マイケル E. ポーター(Michael E. Porter)と共同で、世界各国に160人のスタッフを要する社会貢献活動のコンサルティングファームFSGを設立し、センター・フォー・エフェクティブ・フィランソロフィー(The Center for Effective Philanthropy)も立ち上げた。

 クラマーが『ハーバード・ビジネス・レビュー』(Harvard Business Review、以下HBR)誌に寄稿した論文は、ポーターとの共著が多い。本稿で紹介する3篇の共著論文、「競争優位のフィランソロピー」「競争優位のCSR戦略」「共通価値の戦略」はいずれも、その年度で最も優れた論文に贈られるマッキンゼー賞を受賞している。

「受動的CSR」から
「戦略的CSR」へ

 クラマーはコンサルタントだが、ソーシャル・イノベーションをもたらす企業戦略の研究者でもある。その問題意識は、企業のみならず、財団やNPOの社会貢献活動にはなぜ効果の違いが生まれるのか、世界を変えるために企業の社会貢献活動はいかにあるべきか、である。

 クラマーがHBR誌に最初に寄稿したのは1999年、ポーターとの共同執筆であった。“Philanthropy’s New Agenda: Creating Value(社会貢献活動の新たな課題:価値を創造する),” with Michael E. Porter, HBR, November-December 1999.(未訳)は、まさにその問題意識に基づき書かれている。

 米国の慈善団体の数が過去20年間で2倍に増加し、企業と社会との仲介者である財団は3300億ドルを超える資産を保有し、年間200億ドル以上の資金を企業の社会的責任(CSR)として教育、文化、社会団体に寄付活動を行っている。

 そのような社会貢献活動は、政治からは独立して、社会問題への新しい解決策を模索しているはずだが、期待されるような成果を生み出しているのだろうか。クラマーはこのような問題を提起し、社会貢献活動の新たな課題として、財団は明確な目標、戦略、評価のメカニズムを整備すべきだと提言した。

 寄付を行う財団は社会貢献活動の戦略において、(1)最もふさわしい寄付対象者や分野を選択する、(2)寄付対象者や分野を選択する際、ほかの寄付行為者にシグナルを送り、より多くの寄付が行われるようにする、(3)寄付対象者の社会的価値の創出についてパフォーマンス評価を行い、改善を図る、(4)寄付対象者の関連分野における知識や慣行を進歩させるという4つの原則を実践すべきだとした。

 クラマーとポーターは、“The Competitive Advantage of Corporate Philanthropy,” with Michael E. Porter, HBR, December 2002.(邦訳「競争優位のフィランソロピー」(DHB2003年3月号)を通じて、社会的価値だけでなく、企業に経済的価値をもたらす社会貢献活動のあり方を提言している。

 クラマーらは論文の中で、戦略的な競争コンテキストを重視すべきだと主張する。戦略的な競争コンテキストとは、企業が自社の事業環境の改善を目的に社会貢献活動を行うことで、競争優位を獲得するということだ。

 競争コンテキストは、ポーターが『国の競争優位』(ダイヤモンド社、1992年)で提示したダイヤモンド・モデルから成る、4つの相関する要素から成立する。すなわち、(1)要素条件、(2)需要条件、(3)企業戦略、競争状況、(4)関連産業・支援産業である。クラマーらによると、このフレームワークに基づき、各要素を改善・充実させることが、企業の社会貢献活動を正当性させることになるという。

 たとえば、シスコの場合、全世界の中高等教育課程にネットワーク機器を寄付するとともに、ネットワーク管理に関する研修によって資格を与えるカリキュラムを開発・提供している。これは自社の事業環境を改善し、デジタル社会の進歩を促進する事例である。

 企業による真の社会貢献活動とは、重要な社会的目標と戦略的目標に同時に取り組み、独自の経営資源や専門能力を提供することにより、企業と社会の双方がメリットを得られるようにすることだと、クラマーらは主張した。

共通価値の創造(CSV)を通じて
社会的利益と経済的利益の両立を目指す

 クラマーとポーターとの共著、“Strategy and Society: The Link Between Competitive Advantage of Corporate Social Responsibility,” with Michael E. Porter, HBR, December 2006.(邦訳「競争優位のCSR戦略」DHBR2008年1月号)では、CSR活動が自社の事業や戦略とは無関係に行われているが、本来は競争優位に繋がる有意義な活動となることを示している。

 従来のCSR活動の根拠としては、(1)善良な企業市民として道徳的義務、(2)未来の世代のニーズを損なわない範囲で地球環境を維持する持続可能性、(3)事業継続の社会的な資格の維持、(4)従業員の士気と株価を引き上げる企業の評判、という4つの理由が挙げられてきた。

 これは、企業のバリューチェーンが環境問題などに悪影響を与え、企業と社会が対立関係にあるという前提に立つ「受動的CSR」である。しかし、現実には企業と社会は相互依存関係にある。企業が成功するためには優れた教育や医療などの健全な社会が必要であり、健全な社会には企業の存在が欠かせない。

 自社の競争環境における社会的側面は、前出のダイヤモンド・モデルに基づく4つの要素から考えるとよい。具体的には、(1)人的資源や輸送インフラなど事業を遂行する手段の質と量、(2)知的資産の保護や産業政策など競争の前提条件となるルールとインセンティブ、(3)事業地域における需要の規模と性質、(4)自社事業を支援する周辺産業の存在である。これらの社会的側面を改善することが、自社のバリューチェーンを通じて行う「戦略的CSR」の根拠になる。

 企業が解決すべき社会問題の優先順位をつけて、戦略的なCSR活動を行うことにより、社会の期待を上回る社会的価値と経済的価値の創出を同時に実現する「共通価値(Shared Value)」を創造するチャンスが生まれる。それは企業と社会の双方がこれまでの対立関係の認識を改めることにつながると、クラマーらは主張した。

 クラマーとポーターは “Creating Shared Value: How to reinvent capitalism - and unleash a wave of innovation and growth,” with Michael E. Porter, HBR, January–February 2011.(邦訳「共通価値の戦略」DHBR2011年6月号)を通じて、現代資本主義に対する問題提起を行い、従来の主張を理論的に強化した。

 企業は本来、事業活動を社会の進歩と結び付けるために率先して行動する必要があるが、価値創造を狭義に捉え、短期的な業績を最大化させることに終始している。企業の繁栄は社会の犠牲の上に成り立ち、経済効率と社会の進歩との間にはトレード・オフが存在するという認識があるからだ。

 また、政府もこうした認識に立ち、企業の競争力を抑制する政策を掲げることで、経済社会の発展を阻害してしまう。現代の資本主義社会は、企業の潜在能力を社会問題の解決に活用できず、危機的な状況に陥っている。

 企業は、社会のニーズや社会問題の解決に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果として経済的価値が創造される「共通価値の創造(CSV: Creating Shared Value)」を目指すべきだとクラマーらは主張した。CSVは、従来のCSRや社会貢献活動、あるいは持続可能性の考え方とは異なり、企業活動の周辺ではなく中心に位置づけられる。事業に対する考え方そのものを変える点に意義があると筆者らは言う。

コレクティブ・インパクトで
CSVのエコシステムを構築する

 クラマーは2017年、“The Ecosystem of Shared Value.” With Marc Pfitzer, HBR, October 2016.(邦訳「『コレクティブ・インパクト』を実現する5つの要素」DHBR2017年2月号)を寄稿した。原題の直訳が「共通価値のエコシステム」であるように、この論文ではCSVに関する議論をさらに掘り下げている。

 CSVを目指す重要性が理解され、CSV戦略を実行する企業が増えてきた。ただし、企業単独の事業活動で社会問題を解決できることはほとんどなく、あらゆる方面で壁に突き当たっている。クラマーらは、政府やNGO、地域社会を巻き込んでエコシステムを形成することが重要だと主張した。そして、エコシステム形成を促進する概念として「コレクティブ・インパクト」を紹介している。

 コレクティブ・インパクトの根底には、社会問題はあらゆるセクターの行為者(プレーヤー)による作為・不作為が複雑に絡み合って発生・持続するため、行為者が連携して解決すべきだという考え方がある。立場の異なるあらゆる行為者(企業、政府機関、NGO、地域社会など)が連携して、互いの強みを発揮し合うエコシステムを新たに結成することで、社会問題は解決を図るのである。

 コレクティブ・インパクトという言葉は、クラマーがジョン・カニア(John Kania)とともに執筆した論文、“Collective Impact,” Stanford Social Innovation Review, winter 2011.(未訳)の中で定義した。この論文では、非営利企業のストライブ(Strive)が中心となり、教育の危機という社会問題を解決するために300以上の団体が組織の壁を越えて結集し、学業不振などの問題を改善した事例を紹介している。

「『コレクティブ・インパクト』を実現する5つの要素」では、世界有数の肥料会社であるノルウェーのヤラ・インターナショナルによるタンザニアでの取り組みや、ウォルマートが実施した二酸化炭素排出量を削減するための活動を分析して、コレクティブ・インパクトを通じて社会変革を実現するための5つの要素を挙げている。

 5つの要素とは、(1)参加者のすべてに共通するアジェンダ、(2)取り組みに対する共通の評価システム、(3)相互に補強し、連携し合う活動、(4)定期的なコミュニケーション、(5)活動を支える専任チームや組織の存在、である。

 また、企業がコレクティブ・インパクトを通して社会変革を推し進める障壁として、(1)企業が変革を推進する正当性に疑問があること、(2)競合他社がただ乗りする恐れがあること、(3)社会問題への対処が慈善活動やCSR活動として捉えられていることを挙げた。これらの認識が依然として存在する中、経営陣がこの取り組みを推進する勇気とビジョンが欠けていることが最大の問題であると、クラマーらは指摘している。

 クラマーは、“The Right Way for Companies to Publicize Their Social Responsibility Efforts,” HBR org. April 2, 2018.(邦訳「社会貢献活動を上手に知らしめる方法」DHBR2019年2月号)の中で、企業の社会貢献活動が世の中で評価されない理由を分析した。

 企業が自社の取り組みを伝える方法は画一的である。社会貢献活動を伝えるコミュニケーション活動には、(1)ソーシャルメディア活動家、NGO、政府機関などの企業監視機関、(2)勤務先に誇りを持ちたいと考えている従業員、(3)企業価値の向上を期待する投資家、(4)顧客と一般市民、という4つの対象層に合わせたメッセージを発信することが必要だ。

 企業監視機関に対しては、建設的な協力関係を築くために、継続的な対話、共同プロジェクト、関連するNGOとの協調行動などが求められる。従業員には、個人のスキルを発揮できるボランティア活動を支援するだけでなく、従業員全員が日常業務に社会的意義を見出せるようにすることが必要だ。

 投資家に対しては、その活動が経済的リターンと連動していることの説明と裏付けデータについて、年次報告書とCEOメッセージに記載すべきである。そして一般市民と顧客に対しては、リーダーシップを発揮し社会問題に率先して取り組み、行動を持って実証することが効果的である。

 自社の社会貢献活動を上手に伝えるためには、サステナビリティ報告書で説明しているからそれ以上の説明は必要ないと考えるのではなく、それぞれの対象層に適切なメッセージを発信することが求められると、クラマーは主張した。

ESGとCSVを結びつける

 近年、企業の長期的な成長を実現するためには、ESGが示す3つの観点からの経営が必要だという考え方が世界的に広まっている。すなわち、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)である。

 投資家にも同様の視点が求められている。社会問題や環境問題を意識した投資手法としては、SRI(社会的責任投資)の概念が一般的であった。昨今、ESGの格付けランキングでスコアが高い企業は企業価値も高いことが明らかになるにつれ、機関投資家が投資の意思決定を下す際、財務情報だけを重視するだけでなく、ESGに取り組む企業に投資すべきとする「ESG投資」の重要性が主張されている。

 クラマー、ポーター、そしてHBS教授のジョージ・セラフェイムによる共著論文、 “Where ESG Fails,” Institutional Investor, October 2019.(未訳)では、企業格付けの問題点を指摘した。

 CSVを事業目的の中心に置き、社会的価値だけでなく経済的価値を実現している企業は、ESG格付けランキングの業界トップ企業としてランクインせず、SRIファンドの重要な企業としても認識されていない。その理由は、ESG投資のそれぞれの指標が、企業がもたらす社会的な影響(インパクト)と、それがもたらす利益とは無関係に開発されたものであるからだという。

 なお、共著者のジョージ・セラフェイムはHBR誌に、“Social-Impact Efforts That Create Real Value,” HBR, September-October, 2020.(邦訳「ESG戦略で競争優位を築く方法」DHBR2021年1月号)を寄稿し、ESGの目的を格付けのランクアップにするのではなく、ESGを考慮した投資先選定(ESGインテグレーション)を通じて、従来にない種類の競争優位を創造することに置き、そのための5つのアプローチを示している。

 クラマーの問題意識は一貫している。CSVという概念が発表され、ネスレなどのグローバル企業がそれを実践して久しい。しかし、多くの企業は依然として、短期的な株主価値の向上を目指している。クラマーはこれからも、CSVの普及に向けた提案を積極的に進めていくことだろう。