世の中全体でデジタル化の潮流が強まる中、決済の分野ではキャッシュレス化が世界規模で進展している​。日本でも政府によるキャッシュレス推進の施策が打ち出され、「ラインペイ」や「ペイペイ」といった決済サービスが次々に登場している。しかしながら、一見順調に見えるこの動きもソリューションベンダーやクレジット会社など供給者の視点で進められており、消費者や店舗などの利用者にとっては、いまだ必要不可欠なものとはなっていない。今後は単に現金に代わる決済手段を提供するだけではなく、キャッシュレス化がもたらす新たな付加価値を利用客はもちろん企業や店舗にも提供する必要がある。ステークホルダー全てがWin-Winの関係となる「真に価値あるキャッシュレス」を実現するために、私たちは何をどのように取り組むべきだろうか。

日本のキャッシュレス市場は「誰が得するの?」状態のまま

── 日本は先進国の中でもキャッシュレス化の比率が依然として低いままですが、現状についてお聞かせください。

長谷部 智也(はせべ・ともや)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター

東京工業大学大学院修了、ミシガン大学ビジネススクール修了(MBA Essentials for Executive Education)。三井住友銀行を経て、A・T・カーニー、べイン・アンド・カンパニー、アクセンチュアにて20年に及ぶコンサルティングを経験。コンサルタントとしてキャリアを積む一方で、事業会社役員としても国内大手アパレルのTSIホールディングス上席執行役員、マスターカード日本地区上席副社長兼営業統括責任者を歴任し、事業のターンアラウンドを担う。著書に『企業価値4倍のマネジメント』(共著)『いたいコンサル すごいコンサル』『キャッシュレス・マーケティング』(いずれも日本経済新聞出版)、その他ビジネス誌への寄稿多数。

長谷部 経済産業省では、2025年までにわが国のキャッシュレス比率を40%にする目標を掲げています。しかし、これは現在のクレジットカード市場が従来のペースで成長していけば十分に実現可能な目標であり、キャッシュレス化が大きく進む原動力になるとはいえません。

 昨今のキャッシュレス化に関する話題としては、QRコードを使った決済サービスが流行し、ラインペイやペイペイといった決済サービスが次々と登場してきました。これらは参入事業者の大規模なキャンペーンも手伝って、いささか過熱気味ともいえる状況です。私たちは、これらが今後のキャッシュレス社会化を促進するのに十分な施策だとは考えていません。その大きな理由は、現在のキャッシュレス化の仕組みが拡大しても、誰のメリットにもならないからです。

── 電子決済によるキャッシュレス化が進めば、企業や店舗は現金扱いの手間が省け、顧客もカードやスマートフォンで安全に支払いができるメリットは大きいように思いますが。

田中 現在の仕組みがそのまま拡大しても、加盟店である小売店の売り上げが増えるわけではありません。むしろ売り上げが小さい店舗などでは、手数料で利幅が小さくなってしまうデメリットを被る可能性があります。現金扱いの負担についても、現金が一定比率で残る限り抜本的な削減は望めず、そもそも小規模な店舗ではそれほどの負担を抱えているわけではありません。また、決済端末の導入などの、新たな負担も発生します。

 消費者の側も、現金決済が外国に比べて安全に行える日本では、キャッシュレスに切り替えるインセンティブはさほど高くなく、むしろ多様な決済手段が混在することの不便が際立っている面もあります。さらに決済事業者自身も、サービスの乱立による過当競争の結果、手数料率がどんどん低くなっていくので、最終的に誰も得しない状態に陥ってしまう懸念があります。

── しかし、ある程度以上の事業規模を持つ企業であれば、スケールメリットが期待できるのではないでしょうか。​

長谷部 例えば、韓国では1999年にキャッシュレス比率を大きくアップさせたのですが、それ以降のGDP成長率は下落傾向にあります。ここではキャッシュレス化の過度な推進によって、現金取引であるが故に活発に動いていた市場のスキームがダメージを受けた可能性があります。日本政府があえて40%という緩やかな目標を設定しているのも、こうした点に配慮していると思われます。