(1)コロナ禍により、持続可能な開発への歩みが減速した
大半の問題に関して、政府と企業は着実に前進し続けてきた(科学的データに照らせば、もっと速いペースで変革を推し進めるべきなのだろうが)。しかし、2020年には、その状況が変わってしまった。
2020年7月に発表された「持続可能な開発目標(SDGs)」に関する国連の報告書によると、ほぼすべての指標で手痛い後退が見られている。この20年間ではじめて、極度の貧困状態で生きる人の数が増加に転じた。コロナ禍が雇用に及ぼしたダメージもきわめて大きい。これまで数十年にわたり職場での男女平等が前進してきたが、コロナ禍では女性が被った打撃はひときわ大きかった。
皮肉と言うべきか、唯一前進が見られたのは、温室効果ガスの排出削減だった。コロナ禍で経済活動が停止した結果、排出量は約7%減少した。しかし、このことは、問題の大きさをあらためて浮き彫りにした。気候変動がもたらす最悪の結果を回避するためには、2020年のような経済活動の停止を毎年繰り返さなくてはならないのだ。持続可能性を追求する企業や政府は、これまでよりももっと大きな努力を払う必要がある。
(2)世界が新型コロナウイルスと戦うのを助けるために、企業がイノベーションを実行した
新型コロナウイルスの感染が拡大するにつれて、世界のサプライチェーンには、過去になく大きな負荷がかかった。
私たちが最も必要としていた品物、つまりマスクや手袋のような医療用品は、中国の武漢など、感染拡大により工場が操業を停止した地域で生産されている場合が多く、医療用品が品不足に陥った。その事態を受けて、規模を問わず、さまざまな企業が素早く行動を起こし、猛スピードで生産体制を転換して、医療機器や医療用品の生産に乗り出した。
コロナ禍に対応するために、企業が素早く事業活動を転換させ、ほかの企業などと普段ではありえないコラボレーションに乗り出した実例は数知れない。その代表的な例をいくつか挙げよう。
P&Gなどの企業は、手指消毒液の大幅な増産に踏み切った。モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)のように、消毒液への需要が急拡大している状況に対応するために、香水の生産ラインを消毒液の生産に転換した企業もあった。アップル製品の部品をつくっている台湾の電子機器メーカー、フォックスコン(鴻海)は、米国内の工場で人工呼吸器をつくり、アップルもフェイスシールドの生産を開始した。フォード・モーターは3Mと協働して呼吸用保護具の生産に着手し、ゼネラル・エレクトリック(GE)や全米自動車労組(UAW)と協働して人工呼吸器の生産を始めた。
医療機器大手のメドトロニックは、自社の人工呼吸器の1機種について設計の仕様を公開し、他社が生産に乗り出しやすくした。防護服やマスクの生産を開始したアパレル企業も多い。たとえば、野球の大リーグ球団のユニフォームをつくっているファナティクスという会社は、ユニフォームに似せた防護服をつくった。
また、巨大テクノロジー企業各社は、IBMと米国エネルギー省の主導により、「ハイ・パフォーマンス・コンピューティング・コンソーシアム」という官民連携のプロジェクトを開始し、新型コロナウイルス感染症関連の研究に取り組む科学コミュニティのために、世界クラスのコンピュータ処理能力を提供した。
(3)企業の人事施策は、成功例もあれば、失敗例もあった
ホテル・観光業界など、コロナ禍により業界全体が壊滅的打撃を被った業界もある。一方、食品・生活用品業界は、法人向けの売上げはほぼ失ったが、小売店と直販ルートの売上げは増加した。そうした歴史的な変化を受けて、働く人たちの業務内容が変わったり、大勢の人が自宅待機やレイオフを言い渡されたりした。
この状況に適切に対処し、「従業員第一主義」で臨んだ企業も少なくない。多くの企業のCEOたちは、ただちにみずからの報酬を削減し、社員の給料と各種手当の原資を確保しようとした。コムキャストの経営陣は、報酬全額を慈善団体に寄付した。
エアビーアンドビーのブライアン・チェスキーCEOは、やむをえずレイオフを行うことについて、社員に対して率直に語った書簡を送り、称賛を浴びた。イケアは、予想より早く業績が回復すると、9カ国の政府に対して、自宅待機にした社員のために受け取った賃金補助金を返済した。
しかし、このように責任ある行動を取った企業ばかりではなかった。英国の多くの大手ブランドは、わずか数週間で幹部報酬を満額支給に戻した。JCペニーやハーツ、チェサピーク・エナジーなど、破産申請した企業の中には、膨大な数の社員をレイオフし、店舗やオフィスを閉鎖しているにもかかわらず、法の抜け道を利用して幹部に巨額のボーナスを支給した企業もある。とうてい褒められたものではない。