本連載では『ハーバード・ビジネス・レビュー』を支える豪華執筆陣の中から、特に注目すべき著者を毎月一人ずつ、東京都立大学名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選します。彼らはいかにして、現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会として、ご活用ください。本稿では、ハーバード・ビジネス・スクール教授のロビン J. イーリー氏についてご紹介します。

ジェンダーと人種の不平等に焦点を当てる
ロビン J. イーリー(Robin Jane Ely)は現在、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のダイアン・ダージ・ウイルソン記念講座教授を務める。組織行動ユニットに属し、組織における人種とジェンダーの関係に着目し、リーダーシップ、アイデンティティ、組織文化の変革がどのような影響を及ぼすかを研究している。
2001年、イーリーはHBSのファカルティ・メンバーとなった。2011年から6年間にわたりHBSで「文化とコミュニティ」プログラムのシニア・アソシエイト・ディーンを務め(詳細後述)、2014年にはHBSジェンダー・イニシアティブを創設し、現在もファカルティ・チェアを務めている。
イーリーは1983年にスミス大学(スミス・カレッジ)を卒業し、その後イェール大学に進学すると、1986年にM.A.(修士号)、1987年にMPhil(哲学修士)を修得し、1989年に組織行動論のPh.D.(博士号)を授与された。
彼女の博士論文のテーマは、“An Intergroup Perspective on Relationships among Professional Women(専門職の女性におけるジェンダーグループ内の関係性について)”であった。この論文では法律事務所を調査対象として、男性が上級職を占める比率が高い法律事務所で働く女性と、女性が上級職のうちある程度の比率を占める法律事務所で働く女性同士の関係性を比較し、ジェンダーグループ内の違いを考察している。
イーリーは1989年にハーバード・ケネディスクールに採用され、1996年からコロンビア大学国際公共政策大学院の准教授を務めて、1998年からはシモンズ大学のセンター・フォー・ジェンダー・イン・オーガニゼーション(組織のジェンダー研究センター)の非常勤ファカルティ・メンバーとして教育研究活動に従事したのち、2001年にHBSの准教授に採用された。
組織のダイバーシティを推進し
パフォーマンス向上につなげる方法
イーリーはコロンビア大学在籍時、キャリアのダイナミクスと組織の有効性に対する人種、性別、民族性の影響に焦点を当てた研究を行っていた。
1996年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』(Harvard Business Review、以下HBR)誌に寄稿した“Making Differences Matter: A New Paradigm for Managing Diversity(ダイバーシティ・マネジメントの新しいパラダイム),” with David A. Thomas, HBR, September-October 1996.(未訳)は注目を浴び、多くの研究者に引用されている。
イーリーは、ダイバーシティとは単に過小評価されてきたマイノリティの採用を増やすことではなく、「異なるアイデンティティを持つ集団が、多様な物の見方や仕事に対するアプローチを職場にもたらすこと」として理解すべきだという。組織が多様性を持つことで創造性や革新性が生まれ、組織のパフォーマンスが向上するという考え方に基づいている。
この論文では、組織のダイバーシティが経営手法の一つとして脚光を浴びているが、ダイバーシティの推進は本当に有効なのかという問題意識に立ち、その効果を検証した。そのうえでイーリーは、組織がダイバーシティを推進し、その効果を最大限に得るために、「学習と有効性のパラダイム」(learning-and-effectiveness paradigm)を提唱し、パラダイムシフトを実現するための8つの条件を提示した。
その寄稿から20年以上が経過した。にもかかわらず、いまだにダイバーシティに関する理解が十分に進むことがなく、その成果を享受できているとは言えない。
“Getting Serious About Diversity,” with David A. Thomas, HBR, November-December 2020.(邦訳「ダイバーシティが企業にもたらす真の利益」DHBR2021年3月号)では、依然として見られる問題点を明らかにし、21世紀の「学習と有効性のパラダイム」とは何か、リーダーはこのパラダイムを育むために何をすればよいのかを論じた。
前述の“Making Differences Matter: A New Paradigm for Managing Diversity”でも述べられていたことではあるが、組織が単にマイノリティの採用を増やしても企業業績に好影響を与えることはない。この事実は、多くの研究を通じて証明されている。
それだけでは十分な成果を得られないどころか、組織の緊張と軋轢が高まるので、逆効果になりかねない。文化的な差異を強みとして活用し、チームの目標達成を後押しするためには、組織に適切な土壌が必要ということで、ダイバーシティのメリットを実現するための4つの条件を満たさなければならないという。
第1に、メンバーがチーム機能について熟考し、議論ができること、第2に、人種間の職位の格差が最小限に抑制されていること、第3に、「チームが学習を重視している」ことが、それぞれのアイデンティティグループに浸透していること、第4に、チームがメンバー間の差異を無視したり否定したりするのではなく、差異から学ぶ方向にチームを導いていること、である。
マイノリティ集団の人材採用を強化するだけでなく、彼らが自分のアイデンティティに関連して持ち合わせている知識と経験を学習材料として活用し、中核業務の改善をはかる「革新的な方法」を採用する企業こそ、多様性に富む従業員構成のメリットを十二分に享受できる。すなわち、「学習と有効性のパラダイム」が必要ということである。
イーリーはこの論文を通じて、「学習と有効性のパラダイム」を実現する4つの行動を基本としながら、21世紀の現在に対応する形で、以下の通り新たな行動を提案した。
(1)従業員が自由に発言できると思える安全な職場をつくり、信頼を構築すること。
(2)従業員の成長力を削ぐ、さまざまな差別や抑圧と闘うために対策を講じる中で、個人と組織の両方が構造的変化を目指して学習すること。
(3)組織規範が特定の行動様式や意見の封じ込めに暗黙のうちに絡んでいる可能性を理解しようとすること。
(4)従業員が組織内外で経験することがいかにアイデンティティグループに起因しているかについて、率直な話し合いを促し、そこから教訓を導き出すこと。
キャリアの男女格差を
どうすれば解消できるのか
イーリーはこれまで、自身が博士論文のテーマとしたような職場の男女格差について積極的に論じ、以下のように、その調査結果をHBR誌に多数寄稿してきた。
・“Rethinking Political Correctness(政治的な正しさを再考する),” with Martin N. Davidson and Debra Meyerson, HBR, September 2006.(未訳)
・“Unmasking Manly Men(男らしい男性の真実の姿),” with Debra Meyerson, HBR, July-August 2008.(未訳)
・“Stop Holding Yourself Back(自分を抑える必要はない),” with Anne Morris and Frances X. Frei, HBR, January-February 2011.(未訳)
・“Women Rising: The Unseen Barriers(女性の昇進を妨げる見えない障壁),” with Herminia Ibarra and Deborah M. Kolb, HBR, September 2013.(未訳)
イーリーは、“Rethink What You ‘Know’ About High-Achieving Women(優れた成果を上げている女性に対する「常識」を見直しなさい),” with Pamela Stone and Colleen Ammerman, HBR, December 2014.(未訳)では、HBSの修了生2万5000人以上に対する調査結果をまとめた。この論文では、女性のキャリアについて言われている社会通念が、必ずしも現実を反映していないことを示唆している。
野心的な女性と男性を比較したところ、人生やキャリアにおいて何を大切にし、何を望んでいるのかに関する違いは見られなかった。男女の「成功」の定義を比較しても、役職、職務、業績などによる違いはほとんどない。また、育児に伴う休職の意識にも男女格差は見られなかった。
だが、個人の認識に違いがないにもかかわらず、実際のキャリアには明確な男女格差が生じている。企業は、女性に抱いてる思い込みに目を向けて、女性のキャリアの障壁となる要因に注意を払うことで、この問題の解決に注力しなければならない。
イーリーは同様の問題意識から、“What Most People Get Wrong About Men and Women,” with Catherine H. Tinsley, HBR, May-June2018.(邦訳「職場の男女格差はどのように生まれるのか」DHBR2018年11月号)を寄稿している。
この論文では、ジェンダーギャップが生じる理由について「メタ分析」を通して解説している。メタ分析とは、多数の研究や調査結果を組み合わせることにより、研究課題についてより信頼できる結論を導く統計技法である。
男女均等(ジェンダーパリティ)を実現できないことの説明として、女性は交渉が下手、自信がない、リスクを回避しすぎる、キャリアより家庭を大事にするので必要とされる時間を働かない、などが挙げられる。しかし、それは科学的に裏付けられた主張ではない。メタ分析によると、男女の平均的な性向や考え方、スキルは似通っていることがわかっている。
たとえば、重要な情報を収集し、支援を受けるチャンスを提供するネットワークには、女性のほうが組み込まれにくいことがわかっている。そうしたネットワークに組み込まれないと、昇進や新しい挑戦をさせるストレッチ・アサインメントの機会について知ることが少なく、上司に野心や熱意が伝わらない。自信がないわけではなく、関連情報を得られていないのだ。
イーリーらは、リーダーが女性の活躍を促すための4段階のアプローチを示した。
1つ目は、女性は競争心が弱い、野心がない、仕事で成功するのに必要な自信がない、という物語に疑問を抱くこと。2つ目に、女性としての難点が問題なのではなく、自信や成功をもたらす条件を男性のように経験できないことが問題であるとして、女性に男性と同様な評価やフィードバックを与えること。3つ目に、しかるべき変更を行い、結果を評価すること。4つ目に、女性に対する思い込みを疑い、状況を積極的に変えることで、女性に成長や成功のチャンスを与えられるのだと継続的に学習すること、である。
女性のキャリアに関する問題をさらに掘り下げた論文が、“What’s Really Holding Women Back?” with Irene Padavic, HBR, March–April 2020.(邦訳「女性の昇進を阻む不都合な真実」DHBR2020年11月号)である。
なぜ女性は著しく過小評価されるのか。その理由として、高位の仕事には極端な長時間労働が求められるが、女性は仕事よりも家庭を優先したいと考えているので、結果としてキャリアが犠牲になるという「仕事 vs 家庭のストーリー」が存在する。このストーリーが真実かのように語られることは多いが、イーリーらは疑問を投げかけた。
イーリーらの調査を通じて、仕事と家庭の両立による葛藤は男性も同様に抱いていることがわかった。データからは「仕事 vs 家庭のストーリー」と一致しない結果が示されたのだ。これは、キャリアの男女格差の要因が「仕事 vs 家庭のストーリー」が過度に単純化されていることを意味する。
組織において、家族との時間がとれない悲しみを感じているのは女性たちだという設定をつくり上げることは、男性は自分が仕事に励むことで充実した人生を送っているという幻想をもたらし、男性が仕事熱心な労働者として振る舞うことを可能にする。このことは女性に対して、自分が家庭ではなく職場にいることは場違いだと日常的に意識させ、向上心を抑制する圧力になる。
女性の昇進を阻害する圧力として、次の3つが挙げられている。
第1は、仕事と家庭のバランスを取るための調整措置となるパートタイム勤務や社内向けの仕事への転換は、出世コースから外れることを意味する。第2は、攻撃的で「男らしい」スタイルを受け入れて、「女性ならでは」の人間関係を重視するスタイルを放棄しなければならないという圧力である。第3は、子どものいる女性管理職が「悪い母親」として批判されることだ。仕事と家庭の両立することが、よい母親になる、あるいは出世を目指す若手の女性社員にとって、仕事に打ち込むことは多大な代償を伴う恐れがあるという圧力だ。
女性活躍を妨げる要因は、女性固有の問題ではなく、現代企業に蔓延する長時間労働であり、過重労働文化を無傷のまま残すために男女不平等を固定化させていることにある。長時間労働の代替的な解決策として、仕事と家庭の調整装置を提供することは、非効率的な仕事の慣習を覆い隠し、男女格差の存続を招いていると、イーリーらは主張した。
アフリカ系米国人女性は
逆境にどう打ち勝ってきたのか
イーリーは性別による格差だけでなく、人種の違いによる格差にも着目し、研究を行っている。
2018年、HBSにアフリカ系米国人学生組合が結成されてから50周年を迎えた。1908年のHBS設立以来、同校を修了したアフリカ系米国人は約2300人に上る。
イーリーらは1977年から2015年にHBSを修了した532人のアフリカ系米国人女性を特定し、その中企業幹部を務める67人のキャリアパスを分析した。その結果は、“Beating the Odds,” with Laura Morgan Roberts, Anthony J. Mayo and David A. Thomas, HBR, March-April 2018.(邦訳「彼女たちはなぜキャリアで成功できたのか」DHBR2018年12月号)にまとめられている。
英語原題(逆境に打ち勝つ)にあるように、HBSでMBAを取得したアフリカ系米国人女性は、性別と人種による逆境をどのように跳ね除けたのか。イーリーらは、彼女たちが組織の中で昇進できたのは当人たちの才能と強みだけでなく、彼女たちの才能と強みを認識し、支え、育てる能力を持つリーダーがいたからだという。
調査の目的は、(1)有色人種をはじめとする進出度が低いグループの人は、成功を収めたアフリカ系米国人女性のキャリアからどのようなことが学べるか、(2)企業のリーダーにとって、黒人女性の才能を見抜き、育成する方法について何を学べるか、(3)その教訓を踏まえて、一般的により進出度が低いグループの育成方法に関してどんなことが学べるか、である。
調査の結果、アフリカ系米国人女性が成功するために必要なものは、レジリエンス(再起力)に要約されることがわかった。人種、ジェンダー、その他の属性の組み合わせから生じる障害や挫折に直面する頻度が高いのだが、そのたびに立ち直り、前進を続けたのである。
イーリーらによると、レジリエンスを高めるカギは3つある。(1)自分の感情を管理し調整する能力である感情的知性(Emotional Intelligence)、(2)積極的に自己のアイデンティティを形成し、自分を偽らない方法でそれを示すこと(Authenticity)、(3)キャリを通じて常に障害や妨害にうまく対峙し、素早くチャンスに転換する能力である敏捷性(Agility)、である。
また、マネジャーやメンターなどアフリカ系米国人女性を引き立ててきた側に共通するのは、彼女たちの才能を認め、間違いを犯してもそこから安心して学べる環境を与え、業務成績に関して率直かつ行動につながるフィードバックを与えたことである。そうしたリーダーたちの存在は、彼女たちの可能性を見出し、最高の力を発揮させた。
ニティン・ノーリアとともに
HBSのインクルージョン実現に貢献する
2010年、ニティン・ノーリアはHBSの学長に就任すると、「5つのI」と呼ばれるHBSが優先すべき以下の5つの項目を打ち出した。
(1)INNOVATION(HBSの内と外に向けた教育プログラムの革新)
(2)INTELLECTUAL AMBITION(ビジネスや社会の重要問題を追求する知的野心)
(3)INTERNATIONALIZATION(継続的な国際化)
(4)INCLUSION(文化とコミュニティのインクルージョンを強化)
(5)INTEGRATION(ハーバード大学との統合)
そして、INCLUSION(インクルージョン)を実現するために、HBSで女性が直面する課題に焦点を当てた運動を起こす「文化とコミュニティ」担当のシニア・アソシエイト・ディーンにイーリーを任命した。ノーリアは、インクルージョンとは「コミュニティのすべてのメンバーが繁栄を遂げ、HBSのミッションを前進させるために最善を尽くすこと」だとし、性別や人種による格差に声を上げ続けるイーリーは適任であった。
イーリーはまず、ノーリアが抱くHBSの文化に対する懸念を再確認することから始めた。HBSでMBAを取得する女性の割合は4割を超えたが、成績上位5%の成績優秀者に与えられるベイカー・スカラーを授与される女性は2割程度に留まっていた。HBSの成績の50%がクラスでの発言という教員の主観的評価で決まるため、発言に控えめな女性の成績が相対的に低く、その能力が過小評価されていたのだ。
女性の若手教員に目を向けると、たとえば2006年から2007年にかけて、3分の1がテニュア(終身在職権)を得られずに退職を余儀なくされていた。また、HBSのファカルティに女性教員が占める割合はテニュア教員の5分の1であった。HBSのクラス運営では実務経験を持つ学生への対応が不可欠とされる中、男性教員の実務知識や経験と比較すると、女性教員は研究出身者である場合が多く、評価されにくかったのである。
HBSの改革の結果については、2013年に『ニューヨーク・タイムズ』紙が報じている[注1]。70人以上の教授、理事、学生にインタビューした結果、HBSの環境は著しく改善されたという。2013年には、ベイカー・スカラーの受賞者に占める女性の割合が4割に達した。
イーリーがその後、HBSジェンダー・イニシアティブを創設し、ファカルティ・チェアに就任したのは前述の通りである。この組織は、研究、教育、知識の普及を通じて、女性リーダーの昇進を加速し、企業や社会におけるジェンダー平等の促進を目的に掲げている。
2020年12月、ノーリアはHBSの学長を退任した。『ハーバード・ガゼット』のインタビュー[注2]では、HBSに残された課題について、このように述べている。
「私たちが熱心に取り組んできた分野の一つが、インクルージョンの実現です。まず、ジェンダーに焦点を当てました。(中略)学生の成績と学校生活における満足度のギャップに焦点を当て、ジェンダー平等を大きく前進させようと考えたのです。2013年頃には、それらのギャップのいくつかを埋めることができました。(中略)私たちは人種問題にもっと焦点を当てるべきでした。もしやり直せるとしたら、ジェンダーの問題と人種の問題に順番に取り組むのではなく、同時に取り組むべきだと考えています」
1)Jodi Kantor, “Harvard Business School Case Study: Gender Equity,” New York Times, September 7, 2013.
2)Christina Pazzanese, “Nohria moved to increase diversity, inclusion, and real-world opportunities for students,” The Harvard Gazette, December 16, 2020.