私たちが自分の感情と向き合うことを避けるためによく用いる手法は、以下の3つだ。

・抑圧:感情を抑圧するということは、感情を抑え込み、脇に押しやることだ。その感情に煩わされたくないと感じていたり、どのように対処すべきかわからなかったりする時、このような態度を取ることが多い。どのような感情を抱くことが困難だと感じるかは、人によってまちまちだ。その人が文化や家族を通じてどのようなメッセージを受け取ってきたかによって異なる。

・逃避:感情から完全に逃れようとする人もいる。具体的には、感情を麻痺させるような行動を取る場合が多い。アルコール、テレビ、ソーシャルメディア、ニュースやメールを強迫的に繰り返しチェックする行動などはすべて、そのための手段になりうる。

 筆者は最近、いくつかの大手テクノロジー企業の多様な参加者を対象に、マインドフルネスと薬物依存についてのワークショップを行ったことがある。ワークショップの参加者たちはことごとく、多忙を極めているにもかかわらず、多くの時間と労力を費やして上記の行動の一部もしくは全部を実践し、自身の感情から逃避しようとしていた。

・感情に駆られた行動:一方、感情に突き動かされて行動する傾向があることに、胸を張る人たちもいる。たとえば、頭を冷やしてじっくり考えることをせず、怒りに満ちたメールをただちに送信する。

 きっかけとなる経験にすぐに反応して、感情に駆られて行動することはたいてい、抱くことがつらい感情を他人にぶつけたり、怒りや悲しみや苛立ちの感情を相手のせいにしたりすることを意味する。抑圧や逃避と同様、感情に駆られて衝動的に行動することは、感情と向き合わないための行動なのだ。

 こうした反応には、さまざまな負の側面がある。感情に向き合わなければ、その感情が解消されることはない。たとえば、怒りの感情を抑圧しても、その感情は消滅しない。むしろ怒りが鬱積し、いっそう攻撃的になったり、いわゆる受動的攻撃行動を取るようになったりする。その結果、人間関係がじわじわと蝕まれていく。

 感情は、何らかの行動が必要なことを示すシグナルである場合が多い。怒りの感情は、境界線が踏み越えられていて、その状態を是正する必要があるとか、自分の抱いているニーズのために立ち上がる必要があるとか、きっぱりノーと言う必要があるといったことを意味しているのかもしれない。

 マインドフルネスのアプローチに則って怒りを感じることができれば、その感情にどのように対処すべきかについて、意識的な選択が可能になる。ある企業幹部は、みずからの怒りをよりはっきりと意識できるようになってようやく、上司のハラスメント的な振る舞いと堂々と向き合い、それを終わらせることができたという。

 もう一つ例を挙げよう。悲しみの感情は、何かを悲しみ、それを手放す必要があることを示唆しているのかもしれない。

 しばしば見られる大きな誤りは、喪失を悲しむ機会を十分に用意しないというものだ。自分自身やみずからのチーム、組織がそのような悲嘆の機会を持てるようにすることは、必ずしも古いものにしがみつくこと意味しない。喪失を悲しむことは、新しいものを受け入れるスペースをつくるために、積極的に古いものを手放すことを意味するのだ。

 マインドフルネスを正しく実践すれば、自分の感情と向き合い、生産的な形でその感情を解消できる。感情がみずからの健康とキャリアにダメージを及ぼし、同僚に悪影響を及ぼす前に、その感情にうまく対処するためには、どうすればよいのか。そのための戦略を3つ紹介しよう。