リモートファーストの文化に移行する

 歴史的に、オフィス内の環境と交流のあり方は、文化を示す重要なシグナルとなってきた。往々にして、従業員の振る舞いと服装によって文化が形成・反映される。また、卓球台のあるオープンオフィスの空間や、木目の壁と革張りの椅子がある伝統的なオフィスなど、物理的な環境によって文化が強調される。

 従業員が広範囲に分散している場合、多くのリーダーは文化の形成と方向付けに苦労する。オフィス中心だった頃と同じやり方では、もはや文化を構築できないという事実を認めることが最初のハードルとなる。

 リモートワークへの急な移行のさなかで、自社の文化的要素を意識的に強化した企業の例を以下にいくつか挙げたい。

 ●インフォシス

 インフォシス社長のラビ・クマーによれば、同社の文化は顧客中心主義だが、社員が家族として扱われる結束の強い共同体でもあるという。

 インフォシスはコロナ禍の初期、国外で足止めされている社員とその家族のために、多額を投じて飛行機をチャーターした。また、業績に連動する形での人員削減は行わないこと、つまり社員の職は安泰であることを早期に発表した。

 社員がリモート勤務体制にあっても、これらの措置は福利厚生に配慮する同社の文化をいっそう強化し、インフォシスは家族であると強調することになった。

 ●アリババ

 アリババのNHCI米国研究所で所長を務めるチェン・ジャオによると、同社は文化構築活動の一部をオンラインに移行した。

 アリババは、1日がかりで行う同社の伝統的な祝賀イベントのアリデイ(Aliday)の代わりに、北米アリババはリモートでキルトづくりのイベントを主催した。そこに社員が集い、「この特別な時期を忘れないよう、各オフィスごとに一つのキルト」をつくることで、共同体としての価値観と集団活動が強化された。

 ●IBM

 IBMの最高人事責任者ニコル・ラモローによれば、インクルージョン(包摂)と社員の自発性を重んじる同社の文化は、草の根の「在宅勤務に関する誓い」(Work from Home Pledge)の作成を後押ししたという。

 ここには、リモート勤務中の社員たちが、仕事と私生活のバランスを取るために互いにどう支援し合えばよいのか、家族との時間の必要性にどう配慮すべきか、社会的なつながりを(バーチャルで)保つためにどうすればよいのか等々が明記されている。のちにIBMのアービンド・クリシュナCEOは、自社の価値観を広めるためにこの誓いをリンクトインに投稿した。

 さらに社員たちは、助けを必要としている同僚のために、スラックへの登録を通じて手伝いに参加する仕組みを自主的に編成し、イノベーションへの情熱とインクルージョンの文化を発揮した。手伝いの内容は、同僚の両親が家から出られない場合に食料品の買い物を代行したり、同僚の子どもに就寝前の読み聞かせをしたりといったものがある。

 大規模なリモートワークの実験にうまく順応している組織は総じて、自社の望む文化に合わせて、プロセスと基準を再考する努力をしている。

 多くの研究によれば、私たちは物理的な距離が存在する場合、他者と有意義な形でつながる能力を十分に発揮できない。そして離ればなれで過ごしていると、共通理解を確立するのが難しく、「漂流」しやすくなる。共通の状況や文脈――ボディランゲージから、共有キッチンにある軽食の種類までも含む――の不在によって、文化を表わす無数のシグナルが薄れてしまうのだ。

 これらの課題に対処するには、組織はより多くの「接点」を設けることで、新たに強力なシグナルを送ることができる。つまり、従業員にもっと頻繁に接触し、その目的と意味を明確に示すのだ。

 たとえば、アジャイルかつイノベーティブな文化を強化したい組織であれば、創造的な関与を促すイベント(例:何かを即興で行う活動)を定期的に開いたり、ブレインストーミングとスケッチができる協働ツールを紹介したりするのもよいだろう。

 新入社員の研修と文化への適応については、特に懸念が高まっている。

 スラックはコロナ禍以前、米国内および国外から全新入社員をサンフランシスコの本社に招き、1週間かけて研修を実施し経営幹部らと交流させていた。しかし、2020年3月から完全リモートに移行して以降、全従業員の25%に相当する人員を採用するにあたり、スラックは研修プロセスを刷新した。

 同社は書類手続きと講習会をオンラインとビデオに変更し、文化的な価値観と規範に関する議論は、リーダーおよびチームメイトとのインタラクティブ・セッションを通じて行っている。