採用慣行に影響を及ぼしているバイアス
●年齢バイアス
長年プロフェッショナルとして働いてきた人たちは、突然職を失った時、最初は職探しについて楽観している場合が多い。長期にわたり順調なキャリアを歩んできた人がそのような考え方になるのは、意外なことではない。しかし、そうした楽観論は、たちまち戸惑いに変わる可能性がある。
スティーブン(登場人物はいずれも仮名)は職を失うまで、長い間、順風満帆なキャリアを築いていた。中等教育の分野でガイダンスカウンセラーの職から出発し、ついには校長にまで上り詰めたが、ある時に解雇を言い渡された。
その後、1年間にわたり職が見つからず、自分の送った履歴書が「ブラックホール」に吸い込まれるように思えるとのことだった。私が話を聞いた時、スティーブンは途方に暮れた様子でこう語った。「いまは愕然としています」
リクルーターのローラは、筆者の調査結果を知って驚かなかった。「たしかに、平均的に見て高齢の働き手は差別されています」というのだ。その理由を尋ねると、ローラはとても率直に、自分やマネジャーたちの抱いている先入観について語った。「年長者は活力が乏しく、若い人たちに負けないほどの学習能力も持っていないでしょう」
やはり、リクルーターのジョディも、そのような先入観を抱く人が多いことを認めた。その結果として、「15年間の経験を持った人材を探す求人広告はめったに見かけません。ほとんどの求人で理想的とされる職務経験は、5~8年程度です」。ここでいったん言葉を切ると、気まずそうな様子でこう続けた。「もし求職者がそれより長い経験を持っていれば、それは悪材料になります」
一流大学を出ていたり、一流企業で働いた経験があったりしても、プラス材料になるとは限らない。別のリクルーターのキャサリンも言う。「たとえマサチューセッツ工科大学やハーバード大学の大学院を修了していたとしても、20年の職務経験があって、しかも高齢で失業していれば、その人は就職活動で苦戦します」
●失業に関するバイアス
年齢差別に加えて、失業しているというだけでも偏見の対象になる。そのような偏見は、失業期間が長くなるほど強まる。ジョディはこう述べている。
「失業している人や解雇された人は、以前の勤務先でトップクラスの人材ではなかったのだろうと見なされがちです。『非常に優れた人材は、解雇などされないはず。成績が悪いから解雇されるのだろう』と、リクルーターは考えます。言うまでもなく、実際にはいつもそうとは限りません。企業が社員を解雇する理由はさまざまです。けれども、そのような認識が根を張っているのです」
職を失って数カ月以内に新しい職を見つけられない場合、このような偏見がひときわ大きな障害になる。リクルーターのジェフは、こう述べている。
「ある求職者が1年間職を見つけられていないとします。その場合、すぐに頭に浮かぶ疑問があります。『なぜ、この人はいままで職が見つからなかったのか』。採用側は頭の中で、その求職者の採否を判断するうえで、すでにほかの企業が下した判断を参考にし始めます。
ほかの会社のリクルーターやマネジャーの判断は明らかに見えます。こうして、この人物は何らかの理由で採用に値しないという結論に達します。この1年の間に採用されていないのが、その証拠だというわけです」
●成功しすぎたことへのバイアス
このような障害に直面し、しかもお金の心配が高まり、失業が長引くことへの不安が増す中で、多くの求職者は職探しの対象を広げ、これまでよりも低いレベルの職にも目を向けるようになる。
こうした姿勢は賢明なものに見えるかもしれない。しかし、ここでまた新たな障害が持ち上がる。それは、みずからの過去の成功だ。高い地位に出世したことのある人物を低い地位の職で採用することに、企業が拒否反応を示すのだ。
小さな会社でエンジニアとしてキャリアを出発させ、その会社で取締役にまで上り詰めたダグの経験は、そのわかりやすい例だ。
ダグは職を失ったあと、新しい就職先がなかなか見つからなかった。取締役の職は少ない。それに対し、エンジニアの職はたくさんある。そこで、取締役として再就職を目指すのではなく、エンジニアとして採用してくれる会社を探すことにした。
しかし、すぐに現実を思い知らされた。「私はエンジニアをすでに経験した人間です。いろいろ話を聞くうちにわかってきました。エンジニアを採用したい企業がほしいのは、出世のはしごを上っている途中の人物であって、下っている途中の人物ではないのです」
リクルーターのエマも、こうした認識を裏づける発言をしている。「『ほしいのは、20年もの経験を持っている人ではありません。そのような人物は資質が立派すぎます。この仕事では退屈してしまうでしょう。満足できないと思うのです』などと言う企業関係者が多いのです」
●資質不足に関するバイアス
資質過剰の罠を避けるために、過去の職務経験に足を引っ張られないような新しい分野に転向しようとする求職者もいる。
シンディは、マーケティングの分野で10年もの経験を積んでいた。しかし、シニアレベルのマーケティング職の求人は非常に少なく、そうかといって、それより低いレベルのマーケティング職に応募すると資質が過剰だと言われる。
そこで、「まったく違う分野を目指そうと考えました。イベント企画の仕事です」と、シンディは振り返る。ところが、今度はまったく正反対の理由で扉が閉ざされてしまった。
「スキルが足りないと言われました。イベント企画の分野で有給の仕事に就いた経験がなかったためです。そうなると、袋小路にはまってしまいます。私は新しい分野でエントリーレベルの職に就こうとしたけれど、それまでに積んできた経験はまったく別の分野でのものでした。
私は狙い通りの求人の面接に、胸をときめかせて臨んだのですが、(面接担当者は)化け物に出くわしたような表情で私を見ました。『いったい、どうしたのですか』と言うのです。頭がおかしいと思われたようです」
いまは歴史的な感染症危機の真っただ中にあるので、シンディのような求職者は、キャリアの方向転換に理解のある企業に巡り合えるかもしれない。しかし、コロナ後の時代に関しては、懸念を抱かずにいられない。グレートリセッション後に景気が回復し、失業率全般が改善し始めた時、長期失業者に対する企業の視線はますます冷ややかになったのだ。
この時期、長期失業状態から抜け出せずにいた人たちにとって、景気回復はいわば両刃の剣だった。就職できるチャンスが増えた半面、長期失業者に対するスティグマも強まったのだ。そのような偏見を解消するための徹底した対策がなされていないことを考えれば、コロナ後に経済が平常時の状態に戻った時、長期失業者はますますその状況から抜け出しにくくなりかねない。





