人類全体の進化に資する企業のAI戦略
ここまで、主にリスクマネジメントという守りの観点からAIガバナンスを解説してきたが、実は、さらに重要なのは企業価値の向上という攻めの観点である。
SDGsへの積極的なコミットや、ESG経営が競争優位性の源泉になることは、もはやビジネスの常識だ。かつては収益とは切り離されたコストだった企業の社会貢献活動は、現在では企業価値に直結する投資に位置付けられるようになっている。責任あるAIの実現も同様だ。むしろ、あらゆるビジネスのエコシステムがAIを中心として形成されていることを考えれば、SDGsやESG以上に、AIが企業価値に大きな影響を与えるファクターになりつつあるといっていい。
これまでAIの価値は「精度」ばかりで評価されがちだったが、今後は「倫理性」がより重視されるようになる。米国でのBLM(Black Lives Matter)運動の盛り上がりに象徴されるように、不平等や格差、差別に対する意識の高まりは世界的な潮流だ。企業活動においても、これまで以上に、バリューチェーン全てにわたって公正かつ責任ある行動が求められるようになる。
AIの開発・運用についても、データ取得で正当な手続きを踏み、当事者の同意を得ているか、学習プロセスやモデル構築で不当な搾取を行っていないか、アウトプットした結果の根拠を明快に説明できるか、といったプロセスの透明性や説明可能性が企業評価に直結するようになるだろう。責任あるAIの実現は、業界のリーダーになるための必須条件となるのだ。
ただし、冒頭で触れた「Tay」や「イルダ」の例でも分かるように、開発者に悪意がなくてもAIの暴走は発生し得る。どれだけガバナンスを徹底しても、私たちが生きる現実世界に差別や不平等や悪意が存在している限り、リスクをゼロにすることはできないのだ。
だとすれば、今私たちに求められているのはAI倫理を、現実社会の倫理の向上に活かす姿勢ではないだろうか。ただの保身や利益の追求ではなく、より大きな倫理観に基づいてAIを開発、運用し、より良い社会づくりを志向するのだ。
AIは外部化された人類の新たな脳だ。それは時に人間社会のネガティブな側面を増幅して目の前に突き付ける。不快ではあるが、これまでなかったものにされてきた社会の不平等や矛盾をあぶり出し、しっかり認識できるという意味ではチャンスともいえる。人間は、どれだけ自分を律しても全ての偏見から自由になれるわけではない。AIは、やや極端にそれらを可視化するだけだ。
一方、AIの真骨頂は、人間個人の能力を大きく超えた集合知を生み出せることだ。これをポジティブなパワーとして活用すれば、より合理的で普遍的な選択や判断が可能になり、顕在化した社会の矛盾を是正し、より良い社会にしていくために活かせるだろう。
人類のさらなる賢明な進化に向けてAIを活用し、あるべき新たな社会づくりに活かしていくこと──。それは、AI開発者としての大きな願いであると同時に、実現を確信している私の信念でもある。
参考リンク:
レスポンシブルAIの重要性(アクセンチュア)