ケイパビリティはルーティンに宿る
入山:いま、社会は新型コロナウイルス感染症の流行で大変なことになっています。ものづくりの現場について、藤本先生はどのように見ていらっしゃいますか。
藤本:非常事態においては、BCP(損害を最小限に抑え、事業の継続を図る計画)を立てればいいと思われがちです。もちろんそれも大切ですが、予想外の出来事が次々に起こるのが災害です。だから企業は、周到な計画に加えて、本質的な組織としての強み、ケイパビリティを持っている必要があるんです。
入山:ただ、ケイパビリティは理論化がむずかしい分野ですよね。たとえば、私も『世界標準の経営理論』でダイナミック・ケイパビリティはまだ理論として完成しているとは言えない、と書いています。
藤本:あれは何でもありになりがちですよね。それに、トートロジー(同義反復)になりがちでもある。「ケイパビリティが高いから利益が出る。そして、利益が出るのがケイパビリティが高い証拠だ」と。
入山:おっしゃるとおりです。もちろん私も、トヨタをはじめ日本の優良企業はケイパビリティが高いと思っているのですが、藤本先生は、これはどのくらい理論に昇華できるものだとお考えですか。
藤本:私のケイパビリティ論のベースのひとつは、ネルソン=ウィンターなんですよ。彼らの著作An Evolutionary Theory of Economic Change(邦訳『経済変動の進化理論』)は経営学者の間で、よく知られていますね。
入山:進化理論の大御所の2人ですね。彼らの研究については、私も『世界標準の経営理論』の第16章で取り上げました。進化理論の核心と言えるのは、「ルーティン」ですね。組織において反復して行われる行動パターンが重要だと。
藤本:はい。そもそも組織ルーティンとは、「あるパフォーマンスを安定的に生み出す活動のパターンやルール」です。そして、企業や現場の「付加価値の良い流れ」を作るための1群のルーティンを全体最適的に体系化したものが、「ものづくりのケイパビリティ(組織能力)」だと私は考えます。それは、いきなり利益に貢献するのではなく、まず「流れの良さ」つまり裏の競争力に貢献し、次に製品の表の競争力、そして最後に企業の利益に貢献すると考えます。
つまり、いかに「付加価値の流れ」を良くするために多くのルーティンを体系的に進化させるかが、ダイナミック・ケイパビリティにつながるんですよ。
入山:なるほど! 藤本先生はものづくりとは「良い設計の良い流れを作る」とおっしゃっていますが、その「良い流れ」とはルーティンのことなんですね。
藤本:そうです。たとえばトヨタ生産方式というものづくりケイパビリティは200以上のルーティンから成り立っていますが、これが付加価値の「流れ」をよくしています。こうした組織能力は、デジタル化の時代にも、そして災害時にも強みになるのは間違いありません。
たとえばトヨタ生産方式のプロが、他の企業に赴いてカイゼンを行う時は、まず現場診断から行います。その時、ルーティンつまり「やるべきこと」を100ほどにまとめておいて、現場を見て、できている、できていないと点数をつける。「おたくは30点ですね。うちのサプライヤー―は皆70点以上です。これから改善指導しますから、もっとがんばりましょう」と。この採点こそがマニファクチャリング・ケイパビリティ、つまり製造能力の測定なんです。
こうしてカイゼンを進めながら、現場全体の「流れ図」を書き、そこに「良い流れ」を作るルーティンを書き込んでいく。そして、マスターしたルーティンの数を勘定すれば、組織能力の測定論になる。こうすると、学問的にもトートロジーに陥らないケイパビリティ論に昇華できるし、企業に対しても「御社の能力を測れますし、良い流れ図も同時に描けるので、ものづくりの能力構築ができますよ」と実践的な提案もできるわけです。
入山:なるほど。「ケイパビリティはルーティンで測れる」という視点はおもしろいです。よくわかりました。
若手研究者は「良い発信」をすることが大切
入山:最後に、日本中の若手経営学者にメッセージをお願いできますか。
藤本:「良い発信」をすることが大切だと思います。海外ジャーナルに書くことも大事だが、すべてではない。目の前の学生に向き合う、地方大学に身を置いて教育や社会貢献で良い発信をする。企業の方が相談にきたら真摯に対応する。研究も教育も地域貢献も、すべて「良い発信」の一部だ、言うことですね。
もちろん入山先生みたいに「これが最先端の研究だ」と旗を振る人も必要ですし、世界に発信したいメッセージがあって、何回論文が掲載拒否されても海外ジャーナルという高い山にのぼってやるんだという気概のある人にもたくさん出てきてほしいです。けれど、そうではない人にもいい学者人生があるよと伝えたいですね。
入山:おっしゃるとおりですね。今日は本当にどうもありがとうございました。
【著作紹介】
世界の経営学では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために、「経営理論」が発展してきた。
その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでも言うべきものが、約30ある。まさに世界の最高レベルの経営学者の、英知の結集である。これは、その標準理論を解放し、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめた史上初の書籍である。
本書は、大学生・(社会人)大学院生などには、初めて完全に体系化された「経営理論の教科書」となり、研究者には自身の専門以外の知見を得る「ガイドブック」となり、そしてビジネスパーソンには、ご自身の思考を深め、解放させる「軸」となるだろう。正解のない時代にこそ必要な「思考の軸」を、本書で得てほしい。
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