急速に変化する時代のなかでは常に最新の事例や理論が求められる一方、時代を超えて読みつがれる理論がある――。『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)には、そのように評価される理論を掲載した論文が無数に存在します。この連載では、著名経営者や識者が、自身の人生やビジネスに影響を与えたおすすめのDHBRの過去論文を紹介。第17回は、組織文化の変革について解説した『ウィニングカルチャー』などの著書を持つ、チームボックス代表取締役・中竹竜二氏のおすすめ論文を紹介します。(構成/ハーバード・ビジネス・レビュー編集部 林 恭子、写真/高橋敬大)

『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)の定期購読を始めて、10年ほどになります。日本のビジネス誌の多くは、日本を中心としたトピックスを取り上げている点が魅力ですが、最新の世界の動向により関心を持っている私にとって、DHBRで取り上げられるテーマは他の媒体よりも一歩先を行っている印象があり、とても参考にしています。
実務家のインタビューばかりではなく、研究者の理論をたくさん掲載している点もDHBRの魅力です。日本では、研究者からよりも著名な経営者など実務家から学ぶことになじみがあるように思います。それもすばらしいことですが、その方だから成功した経験談という側面もあり、そこから抽象化する力がなければ、単に「すごい方の話を聞いた」で終わってしまいかねません。それに対して、研究者の理論はすでに抽象化されていますから、実は多くの方にとっても参考にしやすいのではないかと考えています。
またDHBRのよい点だと思うのが、一つのテーマに対して正反対のことを語る識者がいるなど、多角的な論文が掲載されていることです。日本ではどちらかというと、一つの方向性が決まると、皆がそちらの意見へ走りがちな印象があります。一方、DHBRにはそれに警鐘を鳴らすようなカウンターオピニオンがきちんと掲載されており、多様な論文によって問題を俯瞰しやすくなっています。こうした点がとても役に立っていますし、客観的にものを見られる媒体としてリスペクトしています。
さらに、仕事の実践の場でもDHBRの論文をたくさん活用しています。私が代表を務めるチームボックスでは、リーダー育成や組織変革の支援などを行っていますが、論文で述べられている内容のエッセンスを実際のワークに落とし込んでいます。たとえば、この後ご紹介する「自己認識」(セルフアウェアネス)に関する論文のエッセンスを質問に落とし込み、参加者の方に答えていただくこともあります。
論文を読んで頭で理解できても、どうやって実践に落とし込むのかという壁にぶつかる方もきっといらっしゃるでしょう。そこで、論文を論文のまま情報として提供するのではなく、論文に書かれた理論を現場で使えるようにすることが私の役目だと思っており、そうした意味でも楽しくDHBRの論文を活用しています。
そこで今回は、実際に私が仕事で活用している論文の中から、リーダーの成長に役立つ論文やリーダーが組織変革や強い組織づくりを目指す際に参考になる論文を3つ紹介します。
自分を正しく知ることがリーダーシップの起点
まず紹介したいのが、組織心理学者のターシャ・ユーリック氏による「リーダーに不可欠な『自己認識力』を高める3つの視点」です。実はこの論文を読んで感動したことをきっかけに、彼女の著書『insight』の日本語翻訳の企画を出版社に提案し、私が日本語版の監修を行いました。
この論文でも取り上げられている「自己認識」は、マネジメントにおける重要な能力として研究が進んできました。自分を正しく知るリーダーは有能であり、仲間からの満足度は高く、会社の収益の向上にも貢献していることが、これまでの研究からも明らかになっています。
そのうえでユーリック氏のこの論文は、リーダーが自己をより明確にとらえるスキルを習得するために、自己認識を「内面(他者への影響力について、自身がいかに明確にとらえているか)」と「外面(他者が自分をどのように見ているか)」の両方からとらえることの重要性を説いています。
人はひたすら内省すれば、自分が見えてくるわけではありません。この「内的自己認識」より、人を介してしか見えない「外的自己認識」を得る方が難しいものの、周りから厳しいフィードバックを頻繁に求めていた人ほど、自己認識を高められ、他者からますます有能視されるようになるとユーリック氏は言います。
実際、私がリーダーの方に対してトレーニングを行う際には、やはり「自分のことをわかっているか」という問いから始めるようにしています。そして、この論文の内容をワークとして落とし込み、たとえば「次回の研修までに、5人の方に自分がどう見られているか探ってきてください」といった外的自己認識につながる課題を出すと、たいていの方が周囲からの自分への評価にショックを受けて戻ってこられます。
リーダーシップ開発において、自己認識は「一丁目一番地」と言われるほど、起点であると考えられています。その一方で、ついつい私たちの関心は、「自分がどうなりたいか」「夢は何か」といったゴールに向かいがちです。宝物のありかを示した地図を持つと満足しがちですが、本当に大事なのは、自分が今、地図のどこにいるか。自分の今いる場所を認識せずにスタートして、第一歩を間違えれば、ゴールへはいつまでも辿り着けません。
このようにお話しすれば、自己認識の重要性は当たり前のようにわかってもらえることでしょう。しかし、実際に研修でお会いする企業のリーダーの多くは、「俺は十分、自分のことを知っている」「誰からも学ばなくて十分だ」という根拠のない自信を持っています。ですから、そうした方々に対していつも、粘り強く、自分を理解してもらうように働きかけています。
私自身、ユーリック氏の論文に出会う以前から自分が周りにどう見られているかに関心がありましたし、その重要性を認識していました。この論文は、多種多様な事例やデータに基づいて書かれており、こうした自分の考えややってきたことへの後押しになり、説得力を持たせてくれています。新しい発見を与えてくれたというよりも、世界的な研究者がより深い探求をしてくれたことに大きな価値を感じています。
弱さをさらけ出すことで組織は強くなる
次に紹介したいのが、成人発達理論の領域において日本で最も著名な存在である、ハーバード大学教育大学院のロバート・キーガン教授らの「『弱みを見せ合う』組織は業績が伸びる」(DHBR2014年11月号)という論文です。
この論文は、組織の中で社員が自分の欠点をさらけ出すことで、本人は失敗から学び続けることができ、そうした社員一人ひとりの成長によって、企業としても大きな飛躍を遂げる可能性があると説いています。
私は早稲田大学ラグビー蹴球部で監督をしていた頃から、リーダーが命令や指示でメンバーを動かす強いリーダーシップを持つのではなく、リーダー自身が弱さをさらけ出したうえで、メンバーが自律的に考えるための支援に徹するフォロワーシップの重要性を説いてきました。この論文にも書かれている理論から、「さらけ出し」がリーダーの成長にとどまらず、強い組織を開発することにもつながると知り、大きな気づきになりました。
「弱さをさらけ出すことが大事だ」と言われても、それはいまだに誰にとっても怖いことですし、なんとか抵抗しようといる人が多いのも事実です。実際、研修の場で「弱さをさらけ出しましょう」と言っても、「それでは威厳が保てない」「信頼を失うから弱さをさらけ出す必要はない」と激しく抵抗する方もいます。
こうした方々も含めて今まで優秀だと言われてきた人は、できないことに直面すると、攻撃をはじめる傾向があります。そして、この論文で語られているように、自分を少しでもよく見せる「第二の仕事」にエネルギーを割きはじめます。つまり、いかに自分の評価を守るか、そして至らない点をいかに他人からも自分からも覆い隠すかに囚われてしまうのです。
そんな「第二の仕事」に、たとえば脳の半分を使っているとしたら、当然、生産性や創造性は低くなります。これを取り除き、弱さをさらけ出すことが、恥や批判される機会になるのではなくて、成長するチャンスで喜びだと思えれば、どんなに皆が自分らしくいられるでしょうか。そして、どれだけ組織は成長できるでしょうか。
このように社員が弱さをさらけ出すことで自身の成長につながると思える文化を持つ企業を、キーガン教授らは「じっくり育てる組織」(Deliberately Development Organization:DDO)と呼び、この論文の中では2社を例として取り上げています。そして、これらの組織は日々の仕事に個人の成長を織り込むことで、一人残らず育て上げる決意をしているといいます。
こうした組織をつくることは決して容易ではなく、とても時間がかかるものです。なかなかここまで本格的に取り組むことは難しいけれども、組織を変えていきたいと考えているならば、まずはリーダーが弱みを見せることで体現し、「誰でも弱みを見せていいんだ」という心理的安全性を組織に醸成することを目指してみてください。
社員のやりがいは企業理念で引き出せる
最後に紹介する、ハーバード・ビジネススクールのエドセル・ブライアント・フォード記念講座教授であるテレサ・アマビール氏と心理学者のスティーブン・クレイマー氏による「その企業理念は、社員のやりがいを引き出しているか」は、社員のエンゲージメント向上や部下のやる気を高めるために役立つ論文です。
現在、多くの組織の関心は、生産性と創造性の向上にあります。この2つは相反すると思われがちですが、どちらの向上にもつながると考えられるのが、一人ひとりの社員の「やりがい」です。
この論文では、自分の仕事を有意義であると感じ、その仕事で進捗を得ることで、人々の日々の職務経験を飛躍的に充実させることが明らかになったと述べられています。つまり、社員のやる気は、仕事の意義をどうとらえるかによって大きく変化させられるのです。
今やっている仕事の内容自体は何も変わっていなくても、これが回りまわって誰かの役に立っている、社会貢献に寄与しているとわかれば、仕事の価値を認識できます。そして、日々の仕事と意義が結び付けていれば、モチベーションが生まれ、エネルギーが湧き、結果的にやりがいが生まれ、生産性や創造性が上がるというわけです。
しかし、リーダーが社員に対して、ただ「やりがいを持ちましょう」と言って放っておいたままでは、いつまでたってもやりがいは持てません。そこでこの論文では、やりがいを持つために重要な、社会奉仕や世界の人々への支援といった高次の目的へと至る出発点となるのが、ミッション・ステートメント、つまり企業理念であり、それを明確に打ち出すことが大切だと述べています。
たとえば、あなたの仕事が社会の役に立ったか、世界の平和に一歩でも近づいたか、従業員や同僚を笑顔にしたか。この問いが企業理念を通して暗黙的に実践できている組織であれば、社員は一つひとつの仕事にやりがいを感じられるようになります。
ただし、残念ながら企業理念がお題目になっている組織は少なくありません。そうならないためにも、まずはリーダーが企業理念をきちんと実行することが重要です。
さらに、やりがいのある仕事にするには、他者の承認や支援は欠かせません。あまりに簡単な仕事だと人間は飽きやすく、すぐにただのルーティンに変わってしまうためです。
ですからリーダーは、部下に対して少しだけ難しい課題を与え続け、さらに有意義な仕事の「進捗」を着実に図らなければなりません。そうすることで部下は成長を実感しやすくなり、彼らのやりがいを継続的に引き出すことにつながるでしょう。