
ビジネスパーソンはもちろん、学生や研究者からも好評を博し、9.5万部を突破した入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』。入山氏がこの執筆過程で感じたのが、世界の経営学とはまた異なる、日本の経営学独自の豊かさやおもしろさであった。本連載では、入山氏が日本で活躍する経営学者と対談し、それぞれの研究やアイデア、視点を交換することで生まれる化学反応を楽しむ。
連載第4回では、スタートアップ・エコシステム形成の研究に力を入れる芦澤美智子准教授に登場いただく。前編では芦澤氏がこれまで取り組んだ企業再生の研究から、現在力を入れるスタートアップ・エコシステムの研究まで、入山氏が伺った(構成:樺山美夏)。
ビジネスの現場に広がる「世界標準の経営理論」
入山:芦澤先生は、公認会計士としてKPMGグループに勤められた後、慶應ビジネススクール(以下KBS)でMBAを取得。その後、産業再生機構やアドバンテッジ・パートナーズ(AP)で企業再生の実務に携わり、横浜市立大学准教授に着任してからは経営学の研究に力を注いでいらっしゃいます。今日は芦澤先生が今取り組まれている研究テーマなどについて、私の著書『世界標準の経営理論』の内容とも絡めながら、お話を伺えればと思っています。
まず、率直に教えていただけるとありがたいのですが、拙著『世界標準の経営理論』を読んでいただいたことはありますか。

横浜市立大学 国際商学部 准教授
1996年より大手監査法人にて会計監査、M&A財務監査等に従事。2003年に慶應ビジネススクールでMBA取得後、産業再生機構とアドバンテッジ・パートナーズで複数の企業変革プロジェクトに携わる。その後、研究者となり一貫して変革に関心を持っており、研究成果を政策提言に繋げたり、自ら積極的に実践活動を行っている。特に横浜で産学官連携によるイノベーション支援活動を続けており、地域活性化活動を担うNPO Aozora Factoryの創業、「横浜をつなげる30人」の立ち上げなどの実績多数。現在、上場企業3社の社外役員、国や横浜市の各種委員等も務めている。
芦澤:もちろん、読みました!それだけでなく、横浜市立大学の大学院では複数の先生方が授業やゼミの輪読で使っていらっしゃいますよ。
入山:えっ、そうなんですか。ありがとうございます!『世界標準の経営理論』は、「世界で標準となっている経営理論」を可能なかぎり網羅・体系的に、そして分かりやすくまとめて紹介した、世界初の書籍です。ビジネスパーソンだけでなく、もともと大学生や若手研究者の教科書として使ってほしいという狙いがあったんです。
芦澤:はい、数がすごく多いわけではないと思いますが、経営学分野の大学院生の多くが教科書として読んでいるという認識です。うちの大学の経営系の先生は、大学院1年生の理論の基礎を体系的に学んでもらうために、『世界標準の経営理論』を授業やゼミで扱っているはずです。
入山:それは嬉しいです。少し偉そうに言ってしまうと、この本が、日本の経営学のリテラシーを底上げすることに、少しでも貢献できるといいなと思っていまして。特に若手の優秀な研究者が、世界にチャレンジするきっかけになれれば最高です。
芦澤:この本は、学生や研究者だけでなく、ビジネスパーソンに与える影響も大きかったと思います。言葉を選ばずに言うと、いわゆる「ビジネスエリート」と言われるような人たちは、相当数の方が読んでいる印象です。
たとえば、ストロングタイとウィークタイの話(「弱いつながりの強さ」理論/『世界標準の経営理論』第25章)をブログやSNSで書かれている方をよく見かけますが、このような話が通じやすくなったのも、この本を読んでいる方が増えているからだと思います。
入山:私もいろいろな方とお会いしますが、「知の探索」など、この本で紹介している用語のいくつかは、ずいぶん定着してきたなと感じています。
芦澤:センスメイキング(「センスメイキング理論」同23章)も、自分の言葉で語る方が増えていますね。私は、KBSでエグゼクティブMBAの授業を担当して5年経つのですが、その受講生の間でも『世界標準の経営理論』に書かれている話が普通に出てきます。経営に対する興味関心が高いビジネスパーソンは、当たり前のようにこの本を読んでいると思っています。
入山:ありがたいですね。
芦澤:もう1つ、この本のすごいところは、欧米の経営学の知見を日本の文脈に置き換えて、日本のビジネスの現場で使えるように翻訳されている点だと思っています。ただ単に、世界的に有名な経営理論を紹介するだけではなく、それらの考え方の背景を踏まえ、日本の企業事例やビジネス慣行にあてはめて解釈が加えられていますよね。これはなかなかできることではなくて。
こういった経営知識が広く共通のものとなっていけば、日本企業の経営の質的向上につながり、ひいては日本経済の底上げにつながっていくと思います。