前に進むために、まずは態勢を立て直す
9月11日の昼頃、WTCのツインタワーが倒壊した。建物や車両の残骸、遺体の一部がWTCプラザに散乱し、プラザを囲む高層ビルは炎に包まれ、車両火災もそこかしこで発生した。
召集された消防隊員だけでなく、召集されていない隊員も大勢が集まってきた。その多くは部隊の指揮から外れ、できることは何でもしようとし、行方不明の同僚を捜索したり役割を果たそうとしたりした。
第1消防副局長や幹部職員5人のうち3人を含む数百人の消防隊員が死亡または行方不明となり、サウスタワーの崩壊で司令部が破壊されたこともあって、全体の指揮系統は混乱を極めた。
「その時、数百人の消防隊員がいた。怒り、衝撃、悲しみ、あらゆる感情がそこにあった」とFDNYのチーフを務めたピーター・ヘイデンは振り返る。「ひどかった。大変なことになったと思ったが、私たちは冷静だった」
ヘイデンは広場で、損壊した消防車の上に登った。チーフが身につける白いヘルメットを被る。ジャケットを脱ぎ、同じくチーフであることを示す白いシャツ姿になった。副チーフからメガホンを渡された。
騒音が響く修羅場と化した現場で、ひしめき合った消防隊員らにヘイデンはこう語りかけた。「今日亡くなった人々のために黙とうを捧げよう」。何百人もの隊員が動きを止め、ヘルメットを脱ぎ、沈黙した。「私はただ皆を落ち着かせ、(ヘルメットを)抱えていた」とヘイデンは話す。
2分ほどが経ち、ヘイデンはこう言った。「よし、ここから前に進もう。私たちにはやるべきことがある。(中略)消防隊員は前に出てほしい。(中略)捜索チームを編成し(中略)任務を割り当てる」
危機とその余波を乗り越え、再生へと導くには、目的と組織のあり方を明確にすることが必要だ。リーダーはやるべきことに優先順位をつけて取り組み、それを達成できるよう部下を力づけなければならない。
しかし、つらい経験に見舞われる中で、リーダーは部下の根本にあって、支配的ですらある現実の感情を認識し、認め、受け入れなければならない。
FDNYの場合は喪失感、深い悲しみ、必要な時に変化を起こしたいという気持ち、そして無力感だった。そうした心の痛みを理解し合うことは、1万1000人以上のメンバーを結束させ、「前に進む」ことを可能にする仲間意識と献身の文化というFDNYの真髄を守ることだった。
ヘイデンは損壊した消防車の上で、隊員たちの結びつきとタスクという2つの仕事を整理しながら、FDNYの再建に乗り出した。部下と目前のタスクに対する個人的な理解および共通理解に基づいて作業を進めた。
部下が傷ついていることも、彼らをまとめる必要があることもわかっていた。「それしか方法がなかった。考えることもできなかった。私は助けを必要としていた」と、ヘイデンは2011年の『ファイアハウス』誌に語っている。「苦し紛れの策だった」
筆者らはヘイデンに、リーダーシップを発揮しなければならない重要な瞬間に、どのようにしてなすべきことを把握できたのかと尋ねた。「わからない」と彼は答えた。「私はただ、自分の小さな世界の中にいる人々をまとめようとした。重要な場面だったが、あの場所で、あの時から、私たちはまとまり始めた。(中略)そして(他に)誰も傷つくことがないようにした」
それはうまくいったのかと尋ねると、「すべてが終わると、(9.11で新たに)消防隊員を失うことはなかった」とヘイデンは答えた。