情熱に従おう

 自分の価値観に従うということは、心の奥深くにある個人的な価値観に基づいてキャリアの選択を決めることである。これはまた、「情熱を追求する」という観点からのみ、自分のキャリアにアプローチすることでもある。

 大退職時代(グレート・レジグネーション)の当事者となっている多くの人たちが、何よりもまず自分の価値観と一致するキャリアを探している。しかし、筆者らの所見によると、このアドバイスは慎重に取り入れるべきだ。投じた時間や労力に比べて「意義のある人生」の報酬が小さく、実際に得られる成果は限定的な可能性が高いからだ。

 研究結果によると、このマインドセットはほとんど何も生み出さない。客観的な成功との関連性は統計的にゼロに等しく、主観的な成功との関連性も相対的に最も低い。

 ●提案

 自分の情熱には慎重に従うべきだ。多くの人が戦略的なトレードオフを期待して、このマインドセットを採用している。つまり、金銭や名声という誘惑に背を向ける代わりに、より大きな幸福感を得たいと考えるのだ。

 ところが、このトレードオフは過大評価されている可能性がある。通常、このマインドセットを持つ人の幸福度はわずかに高いといえる。ただし、そこに実質的な差があるわけではない。そのため情熱だけに焦点を絞る代わりに、いかなる仕事にも意義だけでなくコンピタンスが必要だと気づくべきだ。

 ザ・ミューズの創業者キャサリン・ミンシューによるアドバイスを参考にするといい。「自分が情熱を注げる仕事に出会う機会は誰にでもある。しかし、(中略)『完璧な仕事』など存在しない」

転職の機会にすぐに飛びつけるように準備しておこう

 現在の職務の質にかかわらず、常にキャリアの次の展開や転職の機会を求めている人は、モビリティ・マインドセットを持っている。このマインドセットが、キャリアの客観的な成功に大きく貢献することはない。また、主観的な成功には一貫して害を及ぼすという結果が、筆者らの研究から示されている。

 加えて、このマインドセットを持つ従業員は、士気が低くパフォーマンスが低調で、いまの仕事を辞めようとする傾向が強い。そのため雇用主にとってはコストがかさみ、場合によっては魅力に乏しい従業員と見なされる可能性が高い。

 いまのような時世に、新たな機会を探したいという気持ちに駆られることは理解できる。しかし、すぐにでも「逃げ出す」準備をすることは、端的に言って、現在の職場でも未来の職場でも成功をもたらさないアドバイスだ。

 実のところ、モビリティ・マインドセットがキャリアの主観的な成功にもたらすマイナスの効果は、自律的マインドセットが生むプラスの効果を約33%上回る。さらに、モビリティ・マインドを持つことの弊害は、他のすべてのマインドセットが精神的ウェルビーイングに与えるプラスの効果の合計をほぼ相殺してしまう。

 ●提案

 別の仕事に「飛びつく」ことを強く望みすぎずに、いまの仕事で優れたパフォーマンスを上げることに集中しよう。モビリティ・マインドを持つことは「隣の芝生は青い」という心理状態につながり、信頼できない人だという悪評を得ることになりかねない。

 筆者らが研究から導き出したこうした所見は、多くの人、なかでもZ世代やミレニアル世代の多くが新たな仕事を積極的に探し、現在の仕事を辞め始めている大退職時代のさなか、ことさら重要な意味を持つ可能性がある。

 モビリティ・マインドと大退職とのつながりはまだ明確ではないものの、何らかの関係性が見出される中、モビリティ・マインドセットを育むことは将来のキャリアに悪影響を及ぼしかねないので、慎重に考慮すべきである。

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 多くのキャリアアドバイスは当然、よかれと思って授けられる。しかし、それらは立証済みのエビデンスに基づかないことが多い。単なる事例にすぎなかったり、陳腐だったり、矛盾していたり、時代遅れだったりすることが多いのだ。

 したがって、キャリアのアドバイスを受けた時、すべてのアドバイスが等しく有効だと考えてはいけない。キャリアという旅を始める人たちに勧めたいのは、自分が準備したパラシュートをみずから背負い、飛び立つまでの「境界のない」風景を楽しみ、着地点のえり好みをしすぎることなく、次に停止したポイントで飛び立ちたいと焦る気持ちを抑えることだ。


"Putting Common Career Advice to the Test," HBR.org, October 27, 2021.