
新型コロナウイルスの感染拡大が徐々に収束に向かう中、パンデミック以前への回帰を求める人たちは多い。一方、この危機を時代の転換点としてとらえて、自分の人生のパーパスにもう一度火を灯し、まったく新しい道を切り拓こうとする人もいる。いまよりも豊かで意義深い人生を歩むために、私たちは何をすべきなのか。本稿では、世界的エグゼクティブサーチ会社のエゴンゼンダーで30年以上活躍した筆者が、イエズス会を創設したイグナチオ・デ・ロヨラの生き方を参考に、コロナ禍という危機を機会に変えるうえで重要な「6つのC」について解説する。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックの減速・収束が期待される中、多くの人は「日常への回帰」を語るようになった。一方、この時期を活かして再調整やリセット、改革を実行する賢明な人もいる。
今回の世界的な危機と個人への影響は、すべての人々に、自分の才能や大志やパーパスにもっと見合った新たなアイデンティティ、役割、そして仕事を見つける好機をもたらした。インパクトを生む卓越した生き方を望む人は、いまこそ新たな道を切り拓く時かもしれない。本稿ではそれを実現する方法として、いくつか助言を提示したい。
将来の構想を立てる際、過去の歴史を振り返ることはしばしば有益となる。
筆者が好んで長年研究してきた、苦痛を乗り越えて偉業を成し遂げたストーリーがある。一般的にはジェズイットの名でも知られる機関、イエズス会を創設したイグナチオ・デ・ロヨラに関するものだ。1521年、この伝統的機関はまだ確立されていなかった。
転換点
両親を亡くした後に軍人となったイグナチオは1521年、スペインの宮廷で活発な社交生活を送っていた。5月20日、大砲の砲弾をまともに受けて倒れ、片足が砕け、もう一方の足も負傷した。
快方に向かうも、砕けた骨はきちんと治っておらず、再度足を切開して骨を修復し直す手術を麻酔なしで受けなければならなかった。この治療で深刻な後遺症が残る。時を同じくして、彼の雇い主で父親代わりでもあった宮廷財務長官は、その特権的な地位を失った。
傷と病を抱え、職も庇護者も失ったイグナチオは、意気消沈しても不思議ではなかった。ところが、彼はむしろ意欲が掻き立てられたのである。健康を取り戻して世に貢献しようと、病床で誓った。
その後の数年は、まず自分のパーパスを明らかにしようと努めた。ほぼ1年にわたり洞窟の中にこもって修行し、のちの『霊操』(Spiritual Exercises)――内省と、最大の善への道を選ぶことの重要性を説く宗教文書――の原案を書き記した。
聖職者になろうと決めたものの、そのために必要なラテン語の予備知識が皆無だったイグナチオは、33歳で学校に入り直す。はじめにバルセロナで少年たちと席を並べて文法を学んだ後、最高峰の教育を求めてアルカラおよびサラマンカの両大学に入り、その後はパリ大学に入学した。ここでは、自分のミッションの助けとなる有望で素晴らしい同志たちの勧誘と指導にも注力した。
そして1540年、わずかな設立資金でイエズス会を創設した。世界のどこであれ、最も必要とされる場所に赴くことを特別な誓願として掲げる修道会の誕生である。
10年も経たないうちに、彼と会士たちは30以上の大学を立ち上げ、世界最大の高等教育ネットワークを構築した。イエズス会は欧州の君主たち、中国・明の皇帝、日本の将軍、インド・ムガール帝国の皇帝と深い友好関係を築いた。
1556年のイグナチオ死去以降も、活動は延々と続いた。18世紀後半にはイエズス会の組織は700を超え、5大陸に広がり、今日も世界中で大きな影響を与え続けている。
筆者は30年以上にわたり、エグゼクティブサーチのコンサルタントとして活動する中で、イグナチオが災難の後に直面したような、転換点にいる人たちに助言することがしばしばあった。普通の人(イエズス会を創設して名を成す前のイグナチオもそうであった)が、次に何をすべきか決断を迫られているという状況だ。
毎日のように、正規の職務(人材獲得とリーダーシップ養成について企業に助言する仕事)以外の時間を使って、筆者は次のいずれかに該当する人と面談するよう努めてきた。仕事がないか、現在の仕事に不満があるか、まったく新しい段階に入ろうという情熱がある人だ。
自分の将来を見直そうとする4000人以上もの人たちと、深く話し合う特権に恵まれた筆者は、一人ひとりの遍歴から学びを得た。そして、気づいたことがある。
イグナチオのように転換点を活かし、より豊かで意義深い生き方――個人の大いなる成功、卓越性、幸福が持続する人生――へと進む人は、6つの重要な側面に意識を向けて、つなぎ合わせている。筆者はこれを「6つのC」と呼ぶようになった。