D2C戦略で企業価値2倍、ナイキに見る顧客中心の企業変革

──消費者のパラダイムシフトに企業はどのように対応すべきでしょうか。

小林 まず申し上げたいのは、変化のあるところにはチャンスがあるということです。消費者意識の変化が起こっているところには、収益獲得の機会があります。この顧客の変化をとらえ、真に顧客中心であることを志向することで、ビジネスを進化させることができるのです。

 つまり、加速度的に変化する消費者の声をしっかりと聴き、アジャイルに顧客体験を“Reimagine”(とらえ直す、つくり直す)することが重要です。具体的には、以下の3つの条件を満たす必要があります。

 1つ目として、「顧客の声を聴き、届けたい体験・価値が明確になっていること」。2つ目に、届けたい体験・価値を「共感を呼ぶストーリーに昇華し、具体的な商品・サービスを通じて価値・体験として提供できること」。そして3つ目に、そうした価値・体験を継続的かつ素早く提供するために「データ・テクノロジーを駆使し、アジリティを持った企業活動ができる姿に企業自身も変革していくこと」です。

──その3つの条件の実践はハードルが高そうですが、実際にクリアしている企業はありますか。

松下 ナイキの事例をご紹介しましょう。

 ナイキは2017年、「2倍のイノベーション、2倍のスピード、2倍の直販」という目標を設定し、D2C(Direct to Consumer)戦略へと大きく舵を切りました。その結果、2021年度の売上高は17年度に比べて約10億ドル増加、営業利益率は15.6%と2ポイント近く高まりました。消費財メーカーとしては、かなり高い利益率です。

松下亮介
アクセンチュア
ビジネス コンサルティング本部
ストラテジーグループ
シニア・マネジャー

 具体的にナイキがどのように変革してきたのか。先ほど挙げた3つの条件に沿って説明します。

 1つ目の「顧客の声を聴き、顧客に届けたい価値を明確にすること」という条件ですが、その基盤となっているのが、同社のメンバーシッププログラムです。ナイキには「ラン」「トレーニング」「スニーカー」という3つのメンバーシッププログラムがあります。

 それぞれのプログラムで会員向けアプリがあり、たとえば、「Nike Run Club」アプリでは、ランニングのスピード、走行ルートと距離、心拍数などを記録・保存したり、専門家からトレーニングのアドバイスを受けたり、コミュニティに参加して互いの記録を比較したり、励まし合ったりすることなどができます。

 各プログラムの会員データはナイキの公式アプリに集約・統合され、ナイキはメンバーの購買履歴だけでなく、日々の活動状況まで具体的に把握することができます。つまり、アプリを通じて、顧客の声を聴いているわけです。

 同社が届けたい価値は、「Breaking Barriers」(壁を打ち破る)で、これを企業のパーパスにしています。同社はすべての人がアスリートであると定義していますが、「ナイキは世界中のあらゆるアスリートにインスピレーションとイノベーションをもたらすために存在する。我々のパーパスはスポーツの力で世界を前進させることである」と、謳っています。

 そして、彼らのこうした価値観を体現するさまざまなキャンペーンを展開しています。たとえば、アメリカンフットボールのプロリーグ、NFLの公式戦で人種差別に抗議して国歌斉唱の時に膝をつき、事実上リーグから追放されたコリン・キャパニック選手を広告キャラクターに起用した「ドリーム・クレイジー」キャンペーンは大きな反響を呼びました。一部保守層から反発もありましたが、ナイキのパーパスを体現するものとして共感を呼び、ビジネスの面でも大きなプラス効果をもたらしました。

 2つ目の条件は、「共感を呼ぶストーリーに昇華し、具体的な商品・サービスを通じて価値・体験として提供できること」ですが、同社は大きく4つの直営店フォーマットを展開し、自社のストーリーを伝達しながら顧客体験の幅を広げています。

 たとえば、「ナイキ ハウス・オブ・イノベーション」という店舗フォーマットでは、商品を自分の思うままにカスタマイズできたり、アプリを使ってすぐに商品を購入できてレジに並ぶ必要がなかったり、試着もアプリで事前に予約できたりと、テクノロジーを活用した革新的な顧客体験を提供しています。

 そのほかにも、ライブ感覚で品揃えを頻繁に変更する「ナイキ・ライブ」、店舗スタッフを地元採用し、スポーツで住民同士をつなげるハブとなる「ナイキ・ユナイト」などのフォーマットがあり、それぞれが届けたい価値を体現した店舗となっています。

 ナイキはD2C戦略に転換した2017年以降、約3万社あった小売パートナー(商品の卸先)をわずか40社に絞り込む方針を決め、直販比率を28%から39%に高めました。自分たちで直接顧客の声を聴き、価値をストーリーとして伝えていくためです。