バックエンドを含めて組織全体で、届けたい顧客体験を実現する
松下 そして、3つ目の条件は、「データとテクノロジーを駆使し、アジリティを持った企業活動の基盤を整えること」ですが、ナイキはD2C戦略実行に最適化した組織変革を行いました。eコマースサイト、店舗、各種アプリを統合した顧客体験を設計するナイキ・ダイレクト部門、各カテゴリーの商品企画・デザインから流通までをエンド・トゥ・エンドで設計するカテゴリー・アンド・プロダクト部門、そして世界を4つのリージョンに分けた地域統括部門を、Nike BrandのPresidentの下にブランド横断で管理する組織構造に変えたのです。そして、この組織構造を継続的に変化させ続けています。
同時に、テクノロジーパートナーの取り込みも積極的に進めました。顧客を理解するためのアナリティクスやデータ基盤技術を持った企業、商品開発や顧客サービスに必要なAI(人工知能)やデジタル画像処理などの技術を持つ企業を買収したり、資本提携したりしています。
組織構造を変え、テックカンパニーの人材やケイパビリティを取り込むことによって、ナイキは顧客と向き合いながら、アジリティを持って変革し続けているのです。
パートナーの買収や提携をうまく進めるためには、テック人材にとって魅力ある報酬体系や人事制度が必要だとよくいわれますが、それもさることながら、彼ら彼女らが持てる力を存分に発揮できる環境、ビジネスの現場を与えることが重要です。自分の力に自信がある人ほど、それをビジネスの現場で試してみたいと考えるものです。それができないとわかると、すぐに飽きて、他社に移ってしまいます。

アクセンチュア
ビジネス コンサルティング本部
ストラテジーグループ
マネジャー
小林 また、自社がテクノロジーを使って何をしたいのかを事前にクリアにしておくことも重要です。
日本の大企業の人たちがスタートアップに会うと、最初に「あなた方は何ができますか。どんな技術を持っていますか」と尋ねることが多いのですが、米国や中国あたりだと「我々はこれがやりたい」とまず言ってから、「それを実現するために、あなたたちは何ができるか」と尋ねる会社のほうが多い。
何がやりたいというのは具体的なサービスや製品でもいいし、もっと長期的なパーパスやビジョンでもいいのですが、成し遂げたいことや実現したいことがはっきりしていないと目的意識を共有できず、買収や提携、あるいは協業を梃子(てこ)にした変革はうまくいかないと思います。
──ナイキ以外にも、顧客中心の企業変革で参考となる企業はあるでしょうか。
小林 皆さんよくご存じの企業を挙げるとするならば、アマゾン・ドットコムが挙げられます。同社の理念は、「地球上で最もお客様を大切にする企業になること」であり、16カ条の行動規範の最初に来るのが、常に顧客起点で考え、行動する「カスタマー・オブセッション」です。
これらを組織の中核的な価値観として、オンラインで手軽に検索できる豊富な品揃えと低価格という顧客体験からスタートし、あらゆるものがすぐに届く物流インフラを整備したり、映像・音楽コンテンツもオンラインで楽しめるようにしたり、データで顧客の声を聴きながら、アジリティを持ってサービスを進化させ続けています。
近年は、自然食品スーパーを買収する一方、レジなしコンビニの「アマゾン・ゴー」を自前で出店するなど、リアル店舗も増やしています。
これに対しては、eコマースのアマゾンがなぜ投資効率の低いリアル店舗を増やすのかといぶかる声もありますが、顧客の購買行動はオンラインだけで完結するわけではありませんから、オンラインかオフラインかにかかわらず顧客体験をシームレスにつなぐことは、アマゾンにとって当然のことであり、バーチャルとフィジカルという垣根は意識していないのではないでしょうか。
アマゾンについてもう一つ付け加えると、顧客接点としての商品やeコマースサイト、店舗といったフロントの部分だけでなく、サプライチェーンやクラウドのインフラなどバックエンドの部分を含めて、組織全体で顧客体験を実現していること。顧客中心の変革という点では、そこも大いに参考にすべきだと思います。
──こういった事例を踏まえ、日本企業が自社のビジネスモデル変革を実現するためには、何から始めるべきでしょうか。
石原 アクセンチュアでは、ビジネスモデルを顧客中心に変革するための3つの条件に沿って、着手すべき6つの要素と変革チェックリストをまとめました(下表)。
このリストを参考に、自社のビジネスモデルがどこまで顧客中心になっているかを自己診断し、具体的なアクションの検討・実行を通して、消費者のパラダイムシフトという収益獲得機会をぜひつかんでいただきたいと思います。
※アクセンチュアの論考「Life reimagined」はこちらから